第19話 捜索の鍵

 悔しい……真輝の話を聞くと、アパートではなく大学に直接向かっていれば、事件を未然に防げたのかもしれない。

 思わず足を踏み鳴らして悔しがる私に、真輝は落ち着いた様子で話し掛けて来た。


「お前の責任じゃないぞ。捜索を放課後まで待ったのも、先にアパートに向かったのも、全ては俺の判断だ。お前が気に病む必要は無い」

「ありがとう。でも、そう言われても、やっぱり悔しいよ」


 たぶん、真輝一人だったら、放課後を待たずに学校を抜け出して行けたはずだし、土地神様に依頼されたのが私でなければ、そうしていたはずだ。

 視線を俯けてしまった私に、真輝が提案してくれた。


「だったら、次に憑かれた奴を捜してくれ。次こそは先手を取る」

「うん、分かった」


 大学の前で落ち合った後、話の途中で邪魔が入らないように、真輝と須藤公園に来た。

 人工の滝があり、緑豊かな公園だが、遊具が少ないので子供はあまり居ない。

 遊歩道の一番上まで足を運ぶ人も少ないので、話を聞かれる心配もない。


「それじゃあ、何かのイベントが行われていたのね?」

「たぶん、現場には楽器が転がっていた」

「ちょっと待って、動画とかアップされてないか検索してみるから」


 SNSサイトの機能を使って大学名で検索すると、驚いたことに事件の様子を撮影した動画が複数投稿されていた。

 被害に遭った女子学生は、弦楽器サークルの新入部員募集のためにチェロを演奏していたようで、その様子を何人かが撮影していたらしいのだ。


 聴衆の前で演奏していた被害者に、村田は背後から近付き、バケツに入れた可燃性の液体を頭らから浴びせ、ライターで火を着けた。

 更に、用意していたナイフで被害者を滅多刺しにして命を奪う。


 問題は、その直後だ。自らの行為を誇るように、村田が両腕を広げた瞬間、上半身が爆発して巨大な火の玉に包まれる。

 人間の体が吹き飛ぶ光景に、思わず目を背けてしまった。

 真輝は繰り返して再生するように言い、食い入るようにスマホの画面を見詰めている。


「この瞬間に、禍者が出て来ているのよね?」

「そうだ、間違いないだろうな」

「でもさぁ、どの映像を見ても映ってないよ」


 覚悟を決めてショッキングなシーンに目を凝らして見ても、禍者という妖かしの姿を捉えることができない。


「妖かしは映らないぞ。そもそも映ったら大騒ぎになるだろう」


 真輝は、自分の肩に乗っている童子を指差して言った。

 確かに、童子以外にも街には妖かしの姿があるし、近くに妖かしが居るとも知らずに自画撮りしている観光客も見掛ける。


「あれっ? でも、お玉爺ちゃんは……」


 と言いかけて、自分のスマホに画像があるか考えてみると、他の猫を映したものは残っているが、お玉爺ちゃんを撮った記憶が無い。


「当たり前だ。ただの猫だと思い込ませるぐらいの力があるんだ、写真を撮らせないように仕向けるぐらいは簡単だろう」

「じゃあ、撮ったとしても写らないの?」

「疑うなら童子で試してみればいい」

「それもそうか……うわっ、本当に写らないんだ」


 スマホのカメラを真輝と童子に向けても、液晶に映っているのは真輝だけだ。

 自分の目には見えているものが、スマホを通した途端見えなくなるのは、何とも変な感じがする。


 言うなれば、逆AR拡張現実という感じだ。


「じゃあ、投稿されている動画には映っていないけど、この場所に禍者が居たのは間違いないのね?」

「ここに居たのは間違いないが、誰に憑いたのかが分からない。と言うか、なんでこの女性が狙われたんだ?」

「あっ、そうね。ちょっと調べてみる……」


 SNSだけでなく掲示板サイトも見て回ると、被害者の女性は、一年ほど前に村田と合コンでトラブルを起こしていたという情報が複数書き込まれていた。


「合コンって何だ?」

「えっ、そこからなの? えっと……男女の出会いの場?」

「集団見合いみたいなものか?」

「ま、まぁ、そんな感じ」

「それは、結構前の話なんだろう? 今まで殺そうと思うほど憎み続けていたのか?」

「分からないけど、その辺りは禍者の影響もあるんじゃないの?」

「そうか、それもあるかもしれないな」


 真輝は、加害者である村田や、被害者の女性に関する情報が書き込まれているページを、ジックリと読んでいるようだった。


「よく分からないんだが、こうした情報はある程度親しい関係でなければ知らない情報じゃないのか」

「そうでしょうね」

「こいつらは、知り合いの秘密をペラペラと話しているのか?」

「うん、そうなるね」

「これは、東京では当たり前のことなのか?」


 真輝は眉間に皺を寄せて、不機嫌さを隠そうともしない。

 てか、不機嫌そうでも絵になる表情なのは、ちょっとズルい気がする。


「東京に限った話じゃないよ。この掲示板サイトには、日本だけでなく全世界からアクセス出来るし、何より匿名だから言いたい放題になってしまいがちなの」

「それは、自分が話したと知られなければ、何を言おうと構わないみたいな考えか?」

「うーん……一応、こういう人達にも一定のラインはあるみたい。だけど、普通の人からみたら、そう思われても仕方ないレベルかな」


 一通り私が探した関連サイトを見た後、真輝は首を捻っていた。


「どうしたの? 何か変な点でもあるの?」

「なんで、こいつが憑かれたのか、理由が分からない」

「炎上騒ぎに巻き込まれて、負の感情を……」

「それは、憑かれた後だろう。憑かれる以前は、ただ深夜のバイトをしていただけだ」

「あっ、そうか……火災の発生が早朝で、この人以外には現場に居なかったから?」

「何も条件が無いとすると、今度憑かれた奴を探す鍵が無くなっちまう」


 真輝が言う通り、この村田という人物を調べているのは、次に憑かれた人を探す鍵を見つけるためだ。

 これまでの憑かれたと思われる人は、上野公園のホームレス、ブラック企業の社員、新聞配達員、そして村田の四人だ。


 ホームレスは自分の生活環境に不満があるだろうし、ブラック企業の社員や新聞配達員は、労働環境に不満を抱えていたらしい。

 でも、今度事件を起こした村田は、日常生活に大きな不満を抱えていたようには見えない。


 それどころか、この時期に企業の内定をもらえていたのだから、むしろ恵まれた状況にあったのではないだろうか。

 SNSを利用している人の中には、政治家や芸能人などのニュースに対して、過激な言動を行っている人が居るが、村田のアカウントには、そうした書き込みは見当たらない。


「もしかして、もう削除しちゃったのかな?」

「削除?」

「うん、過去に書いた都合の悪い話とかは、消しちゃう場合があるのよ」

「いや、それは無いな。だったら、この問題の書き込みを削除するだろう」

「あっ、それもそうか」

「それに、禍者に憑かれた影響で過激な書き込みをしているなら、削除するはずがない。むしろ残して他人の憎悪を煽るんじゃないか?」

「他人の憎悪を煽る……でも、この村田って人の書き込みは、これが最後だよ。積極的に煽るんだったら、もっと挑発的な言葉で次々に書き込むんじゃないかな?」


 掲示板で口論となっている一例を示して、言葉の応酬で対立が深まっていく様子を見せると、真輝は再び考え込んでしまった。


「一件目は気付かなかった。二件目で初めて妖かしが絡んでる可能性に気付いた。三件目も起こってしまってから関連に気付いた。だが、今回は事件が起こる前に憑かれているらしい人間を特定出来た……なんでだ?」

「それは、発生直後の火事の様子を撮影していたから……だよね」

「そうなんだが、そうじゃなくて……何て言えばいいのか、それを発見した理由があるはずなんだ」

「どういう意味?」


 真輝の頭の中には、何かヒントらしきものが見えかけているみたいだけど、上手く言葉に出来ないようだ。

 暫く首を捻って唸っていた真輝だが、突然ポンッと手を叩いた。


「そうだ、豆大福だ!」

「はぁ? 何言ってるの? 今日の分は食べたじゃない」

「そうじゃない、色んな食べ物が世の中に溢れている中で、豆大福は間違いなく美味いって分かる理由がある」

「それは実際に食べて、美味しいって知ってるからじゃないの?」

「違う。あの豆大福は、見た瞬間に美味いって分かった」

「あっ、他とは違う何か……って感じ?」

「それだ。あの動画にも、他とは違うものを感じた。同じように、これから今回の事件に関する情報が溢れる中に、他とは違う何かを感じさせるものがあるはずだ」

「それが鍵ってことね?」

「たぶん……それぐらいしか絞り込みようが無い」


 真輝は、改めて事件が起こった現場の様子を語った。

 弦楽器のサークルのイベントで人が集まっていたところに、事件の発生を受けて更に野次馬が集まって来ていたようだ。


 会場となっていたテラスだけでなく、周囲の校舎からも多くの人が現場を見下ろしていたそうだ。

 それだけの人数の中から、禍者に憑かれたらしい人を探すなんて、ただの高校生の私達には無理な話だ。


「おそらくだが、この件も仕組まれている気がする」

「えっ、それじゃあ、この事件は土地神様が起こしているの?」

「そうじゃない、そう意味じゃなくて、事件を起こしているのは禍者で間違いないが、解決までの道筋を仕組まれているような気がする。考えすぎかもしれないが……」

「でも、何の意味があるの?」

「えっ、意味だと?」

「だってその推察だと、土地神様が解決できるものを、わざわざ私達に解決させようとしているんでしょ? 何の意味があるの?」

「意味か……」


 真輝が黙り込んだところで、それまで黙っていた童子が口を開いた。


「ぐふふふ、嬢ちゃん、そりゃあ面白いからだろうぜ」

「へっ、面白い?」

「土地神様から見れば、真輝や嬢ちゃんなんざ小さな存在に過ぎない。そいつらが右往左往するのを高みの見物して楽しんるんじゃないのか」

「そんな……もう何人も死んでるのよ」

「嬢ちゃん、神や妖かしを人間の物差しで測ったところで、意味なんか無いぞ」


 童子は、鋭い牙を見せつけるようにニヤリと口元を緩め、その迫力に改めて人間とは違う存在なのだと思い知らされた。

 思わず息を飲んだ私に、真輝が提案してきた。


「この話は、ここまでにしておこう。例え仕組まれていたとしても、土地神様にも已むに已まれぬ事情があるのかもしれないからな」

「そ、そうね。でも、私達に任されているのだから、私達でも解決出来る可能性があるってことよね?」

「そうだ。だから俺達は足掻くしかない」


 厳しい表情でキッパリと言い切った後で、真輝は私を見つめてふっと表情を緩めた。


「とは言っても、インターネットに関しては俺はサッパリだから、頼むぞ姫華」

「しょ、しょうがないわね。元はと言えば、私が土地神様から依頼されたのだから、バッチリ調べてあげるわよ」

「頼りにしている」


 くっ、間違いなく無意識にやっているんだろうけど、爽やか王子スマイルで頼むなんて反則じゃないの?

 もしかして、これも土地神様に仕組まれちゃってるの?

 妙にドキドキする胸の内を隠しながら、真輝と一緒に家路に着いた。


 真輝は禍者のことを考えているのか、腕組みをして黙ったままで歩いている。

 少し険のある表情が、また様になっていて目を引き寄せられてしまう。

 初音の森の防災広場に通り掛かった時、何やら言い争うような声が聞こえてきた。


「手前のその良い子ぶった面が、気に入らねぇんだよ!」

「調子くれてんじゃねぇぞ!」


 声のする方向に目を向けると、丸山君を背後に庇った長倉君と、梶山、沼田、古川の三人組が対峙している。

 梶山達は制服の尻ポケットから何かを抜き出すと、勢い良く腕を振った。


 シャキっという金属音がして、銀色の棒が現れる。

 警備員が使う伸縮式の警棒のようだ。

 梶山達は三方から長倉君と丸山君を取り囲んで、警棒を振るい始めた。


「おらぁ! 思い知れよ、パシリ!」

「痛い! 痛いよ、やめろよ!」

「おらおら、こっちだ、こっち」

「やめろ! お前ら卑怯だ……ぐぅ」

「いい気になってからだ……よっ!」


 長倉君が梶山に殴り掛かろうとすると、沼田と古川が丸山君を狙い。

 長倉君が守りに戻ろうとすると、梶山が打ち掛かる。

 傍から見ていても、卑怯極まりないやり方だ。


「真輝、あいつら止められる?」

「何で俺が、そんな面倒な……」

「明日は、桜餅もつける」

「止めるだけでいいのか?」

「手荒にしちゃ駄目よ。通報するから、警察が来るまで逃がさないで」


 真輝は、まるで気負った様子も見せずに踏み出して行く。

 肩の上で童子が頭を抱えているのは、桜餅に釣られたこと嘆いているのだろうが、緊急事態だから目を瞑ってもらおう。


「おらおら、どうした正義の味方、口先だけ……がぁ」


 梶山に駆け寄った真輝は、勢いそのままに思いっきり背中を蹴り付けた。

 童子の鬼気に包まれた真輝に、梶山は気付かなかったのかもしれない。

 梶山は古川を巻き込んで、もつれるようにして転がった。


「三人で実質一人を相手にして、武器が無ければ喧嘩も出来ないのか」

「うっせぇ! 食らえ!」


 沼田が警棒を振り上げた時には、真輝はすっと距離を詰めている。

 私の位置からは、振り下ろされた警棒を避け、沼田の腕を軽く払ったようにしか見えなかった。


「ぎゃぁぁぁぁ! 腕がぁぁぁ……」


 沼田は警棒を放り出して、右腕を抱えて悲鳴を上げている。

 警察を呼ぶから手荒にするなと言ったのに、肘の関節が脱臼したのかもしれない。


「警告はしておいたからな」

「手前! やりやがったな!」


 起き上がった梶山が、警棒を片手に真輝に詰め寄って行く。


「だったらどうした。今度は二対二だが、大丈夫か?」

「んだとぉ……がふっ!」


 頭に血が上って、真輝しか見えていなかった梶山の顔面に、長倉君が拳を叩き込んだ。

 不意打ちの形で拳を食らった梶山が吹っ飛び、残った古川には、いつの間にか真輝が間合いを詰めていた。


「こいつ! うわっ、痛てぇ……離せっ、あがぁぁぁぁぁ!」


 古川は、警棒を持った腕を真輝に捻り上げられ、地面に押さえ込まれた。


「おい、そいつも押さえ付けとけ!」

「分かった!」


 長倉君が起き上がろうとしていた梶山に馬乗りになる。


「手前ぇ、どけよ! この野郎!」

「うるせぇ! もう一発食らいたいか!」


 暴れていた梶山も、長倉君に握り拳を突き付けられると大人しくなった。


「あぁぁ……ち、血がぁぁ……」


 ペタンと座り込んだ丸山君は額の辺りを切ったらしく、顔の左側が血まみれになっている。


「丸山君、これで傷口を押さえて、すぐ救急車呼ぶからね」


 ハンカチを手渡して止血させるが、かなり動揺しているようだ。


「あぁ……血が、血が……死んじゃう」

「痛いかもしれないけど、しっかり押さえて!」


 動転する丸山君を励ましながら、傷口を押さえさせていると、通りかかった人が救急車を呼んでくれた。

 初音交番のお巡りさんが駆けつけて来て、すぐに応援のパトカーや救急車が到着して、辺りは騒然とした雰囲気に包まれる。


 丸山君が救急車に乗せられ、長倉君も付き添って行くことになった。

 梶山達はパトカーに乗せられて、警察署で事情聴取を受けるようだ。

 真輝も沼田の腕の件で事情聴取を受けていたが、その場で解放された。


 丸山君の頭を殴ったのが沼田だったらしく、特殊警棒の危険性を考慮して強く腕を払った結果とされたようだ。

 私も事件の状況と連絡先を聞かれ、解放された時にはすっかり日が暮れていた。

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