第14話 転落する男


 その日、村田パーシヴァル勇翔ゆうとは、深夜のシフトに入っていた。

 真夜中から早朝のコンビニは、搬入の時間を除けば暇だし時給も良い。


 欠点は生活リズムが滅茶苦茶になってしまうことだが、普段からオンラインゲームなどで徹夜することも珍しくないので、あまり苦にはしていない。

 今日も零時にシフトに入った後、終電の時間まではポツポツとお客があったが、それ以降は客足も途絶えている。


「はぁ……こんなんで開けてる意味あるのかね?」


 深夜シフトに入る度に思う愚痴を呟きつつも、カウンター裏で椅子に座ってスマホで時間を潰す。

 あとは、時間通りに配送のトラックが来て、スムーズに荷卸しが終わり、次のシフトの人間が遅刻しないことを祈るばかりだ。


 村田が自己紹介でフルネームを口にすると、ほぼ百パーセントの人から痛い人だと思われる。

 何しろ彼は、純然たる日本人顔だし、ハーフでもクォーターでもないのだ。


 だが、彼自身は何も悪くない。痛いのは彼の両親の頭だ。

 パーシヴァル勇翔という名前は本名で、いわゆるキラキラネームというやつだ。


 世渡りの方法を知らない小学生や中学生の頃には、随分と嫌な思いもしたが、近頃は上手く使い分けることも覚えた。

 ちょっと真面目な席では、村田とだけ名乗っておけば問題ないし、合コンでは恰好の掴みネタとして使える。


 キラキラネームネタが功を奏したのかは不明だが、既に就職の内定も手にしている。

 一流企業ではないが、三流企業でもない。


 給与面では一流企業には届かないが、スキルを身に着けるには悪くない。

 卒業に必要な単位も余裕をもって取得出来る見込みだし、総じて順風な人生を送っていた。


 午前四時、村田は眠気覚ましを兼ねて、店の表を見に行った。

 時折、ごみ箱を荒らしたり、店の前に吐瀉物を残していく不心得者が居るからだ。

 幸いその日はトラブルも無く、店に戻ろうとした時だった。


 ボンっという爆発音に驚いて振り向くと、道路の斜向かいの路地を入った所で火の手が上がった。

 村田は、すぐさま店の電話で一一九番通報をして、スマホを持って店の外へ戻った時には炎は見上げるほどの高さに達していた。


「うわっ、これヤベぇ……ヤベぇ、ヤベぇよ……」


 ヤバいを連発しながらも、村田は引き寄せられるように火元の建物に近づきながら、動画の撮影を始めた。


 石油臭いヌルっとするような空気を吸いこんだからか、頭の芯がカーっと熱せられ、異様な高揚感が湧き上がって来る。

 炎の勢いは増すばかりで、スマホの画面を通しても熱気が伝わって来そうだ。


「助けてぇ……ママぁ……」

「熱い! 死んじまう!」


 炎の中から取り残されたと思われる人の悲鳴が聞こえて来ても、村田は撮影を止められなかった。


「ヤベぇ……てか、助けに入るとか無理だし……これ絶対バズるだろ」


 村田は、続々と消防車が到着し消火活動が始められるまで撮影を続けていた。

 消火活動のために配送のトラックが近付けなかったり、野次馬ついでの買い物客が訪れたり、消防隊から事情を聞かれたり、村田が店を出られたのはシフトの予定を二時間も越えてからだった。


 アパートに戻って仮眠を取る前に、撮影した動画をSNSにアップする。

 通知が殺到すると思い、ニヤニヤしながらスマホの電源を落として布団に潜りこんだ。


 昼前に起きて午後の講義に出る準備を始めながらスマホの電源を入れると、予想通り立て続けに通知の音が鳴り響いて止まらなくなった。


 村田のアカウントは炎上していた。

 確認せずにアップした動画には、助けを求める声が確認できる状態だった。

 中でも、子供らしき声が大きく取り沙汰されている。


『スマホで録音出来るぐらいならば、現場ではもっとハッキリと聞こえていたはずだ』

『撮影なんかしていないで、救出の努力をすべきだ』


 村田からしてみれば理不尽とも思える意見が数えきれないほど寄せられていた。

 カッとした村田は、反射的に書き込みを行った。


「ふざけんな。どんだけ火の勢いが強かったと思ってんだ。助けろとか言ってる奴は、あの中に飛び込んでみせろよ。てか飛び込んで死ね、カス!」


 村田は通知を切って、午後の講義に出席するために大学に向かった。

 寝不足だからか、不愉快な書き込みを見たからか、頭に芯が熱くなってくる。


 大学に着くと友人から、とりあえず謝ってアカウントを削除した方が良いと言われたが、村田は逆にどれだけ火の勢いが凄かったか力説し、助言を受け入れなかった。


 村田が講義を受けている間も、炎上は続いていた。

 火の勢いに目を奪われていて村田は気付かなかったが、動画には、誰でも使える公共の消火器が映っていた。


 無論、消火器一本で消せるような火災ではなったが、全く消火活動をしなかった村田への非難は増していた。


 村田は腹を立ててSNSのサイト見るのを止めてしまったが、炎上は更に広がり、匿名のアカウントであったのに、特定されて個人情報がばら撒かれ始めた。

 特に、パーシヴァル勇翔という本名が知られると、一気にネタとして使われるようになった。


『パーシヴァルって……円卓の騎士なのに救助しねぇのかよ』

『騎士道精神、寂れたり!』

『こいつにだけは聖杯はやらん!』


 気分転換にゲームに没頭していた村田の知らないところで、個人攻撃は続けられた。

 午後六時過ぎ、晩飯をどうしようかと考えていた村田に、バイト先から電話が掛かってきた。


 火災の影響で、シフトの変更でもあったのかと思って出てみると、解雇通告だった。


「ちょっと待てよ。何でクビなんだよ!」


 会社としての表向きの理由は、就業時間中に持ち場を離れて撮影を行っていたというものだが、実際にはクレームに屈したのだろう。

 村田は店まで行って抗議したが、解雇は撤回されなかった。


 それどころか、興奮して怒鳴り散らしてしまい、現場近くで警戒にあたっていた警察官の仲裁を受けることになり、更に解雇の理由を増やしまった。


 アパートに戻った後も腹の虫がおさまらず、村田はスマホの電源を切り、ヤケ酒を飲んで眠ってしまった。

 翌朝、二日酔いの残る頭でスマホの電源を入れると、大学からの呼び出しメールが届いていた。


 村田は着替えて大学の学生部に顔を出すと、停学を言い渡された。

 理由は炎上騒ぎと、昨日の警察沙汰だった。


 バイト先の店長に掴み掛ろうとして、警察官に制止されている動画がネットにアップされていて、大学にも抗議が届いているそうだ。

 村田は自分の正当性を主張したが、大学はほとぼりを冷ます意味でも……などと理由をつけて処分を撤回しなかった。


 学生部の部長を殴り飛ばし、村田は大学を飛び出した。

 動画を流出させた人物を特定するために、アパートに戻ってネットを巡回する。


 動画をアップしたアカウントを見つけて、掘り下げていくと、そもそもの炎上の原因まで作っていた。


「くそアマ……ぜってぇ許さねぇ!」


 村田の本名を流出させ、動画をアップしていたのは、以前合コンで揉めた同じ大学に通う岡島友里という女だ。


 復讐の対象を探り当てるのを待っていたかのように、村田のスマホのメールが届いた。

 来年就職予定の企業から、内定取り消しのメールだった。


 村田の頭の中で、何かがブチリと音を立てて切れた。

 体の中にマグマでも溜まっているかのように、怒りを抑えられなくなっている。


 友里は、サークルのイベントで午後も大学にいるらしい。

 村田は、熱しきった頭の芯を冷やすように深呼吸してから、おもむろに復讐の準備を始めた。

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