第19話 策略②

 信長は何とか中島砦へ到着したものの、勝利を得るために、敵前衛部隊を何とか排除しなければならない理由があった。


 実は、広正との下調べで、桶狭間山の敵に見つかることなく、麓まで近づける山道を発見していた。その山道は、高く生い茂る草木や、小高い丘などで桶狭間山からは、ちょうど死角となっていた。信長は色々な場合を想定していたが、義元が桶狭間山に陣取った時は、その山道を使い、敵に気づかれることなく接近する作戦を立てていた。


 中島砦はいわば、その山道の開始地点であった。


 通常、砦は攻められにくいよう高い場所に築くが、中島砦は川の三角州という低地にあり防御力は低いと言える。しかも、善祥寺砦とも距離が近く、鳴海城の付城としての役目は、ほぼ果たしていなかった。しかし、谷間にあり周りを木々に囲まれているため、周囲からは隠れていた。高地にあり、敵から丸見えとなってしまう善祥寺砦とは違い、多くの兵を集め、秘密裏に行動を開始するための場所としては、うってつけだった。

 善祥寺砦はあくまで戦況を把握するために利用し、中島砦から進軍を開始する予定だった。


 ところが、義元は、信長が中島砦から行動を開始することも看破し、高見山に部隊を置いて監視させる役目も担わせたのである。そのため、信長の目論見は脆くも崩れた。山道を通る時に、高見山からであれば、発見される恐れが生じたのだ。義元本陣へ着く前に見つかってしまえば、襲撃に備えられ、一気に本陣を崩すことは不可能になる。本陣攻略に手間取れば、義元の目論見通り、今川軍に囲まれてしまうだろう。


 それに加え、織田軍の内部にも大きな問題があった。


 信長が強引に出陣したため、しぶしぶここまでついてきた家老衆だが、ここから先は梃子でも動きそうになかった。中島砦を出て敵陣に突っ込むなど正気の沙汰ではないといった様子で信長を羽交い絞めにした。今からでも遅くない、清州城へ戻って籠城すべしと言い出す者まで出た。


 信長は敵の前衛部隊をどかし、且つ、この家老衆を説得し、自軍も動かす必要があった。



 行き詰った信長は、1人陣幕にこもり、目を閉じて、この戦で散っていった忠臣に思いを馳せた。


『玄蕃は良く粘ってくれた。大学も松平元康に一撃を与え、大高へ釘付けにした。政次と季忠ら熱田勢のおかげで敵の罠を知ることができた…この者たちの死を無にしてはならぬ…』



 その時、信長の頭に、落雷のような衝撃が走り、かっと目を見開いたかと思うと、鬼の形相で陣幕を飛び出した。この2つの問題を、同時に解決する奇策を思いついたのである。

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