第16話 開戦②

 丸根砦と鷲津砦が攻撃を受けたとの報は、直ちに清州城で就寝中の信長に届いた。

 砦の兵は少数のため、そう長くはもたない。すぐさま行動を起こす必要があった。しかし、ここで慌てふためいては、余計に家臣の動揺を誘ってしまう。


 信長は、静かに報告を聞くと、ゆっくりと寝室に戻り敦盛を舞った。敢えて余裕を見せることで、自分には秘策があると家臣に思わせようとしたのである。


「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり 一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」


 幾度となく舞ってきたが、これほど、唄の意味が身に染みたことはなかった。徐々に頭は冷静になり、闘志が溢れてくるようだった。


 信長は、優雅にひとしきり舞い終わると、おもむろに叫んだ。


「貝を吹け! 具足を持て!」


 出陣の合図である、ほら貝が鳴り響く中、小姓が湯漬けを持ってきた。それを立ったまま、飲み込むように食べながら、別の小姓に具足を付けさせる。あっと言う間に身支度を整えると、信長は兜を被り、馬に乗って城門をすり抜けた。この時、信長の素早い出陣に付いていけたのは岩室長門守重休ら小姓衆わずかに5騎であった。そして、出遅れた者達に対しては、善照寺砦へ集合するよう指示を残して行った。



 信長ら主従6騎は熱田までの三里(約12km)を休むことなく一気に駆け抜けた。


 熱田は古くから、神社への参拝客が全国より集まり賑わっていた。伊勢湾商業圏の中心であり、尾張随一の商業都市であった。織田家の財政の生命線とも言える。信長は幼いころから熱田に良く出入りしていたため、米が経済の中心である当時、銭金の重要性を若くから肌で感じ取っていた。


 その為か、信長は熱田の商人や民を大事にした。そして、信長に心酔し、馬廻りとなる者も多数いた。熱田神宮の大宮司でありながら、武士として信長に仕えていた千秋季忠も、その1人であった、


 季忠ら熱田周辺の兵を取り込み、信長の手勢は2百ほどとなって、進軍を続けた。


 そして午前8時、熱田神宮の南、上知我麻神社の前を通りがかったとき、南東の方向に2筋の黒煙が見えた。丸根砦と鷲津砦が焼け落ちていたのである。信長は、立ち上る煙の行く末を眺めて思った。


『大学、玄蕃。無事であってくれ』


 戦の勝敗を神にすがるつもりはなかったが、2人の無事については、熱田神宮の神に祈らずにはいられなかった。

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