第24話 強襲②

 そして、午後2時。


 ついに信長は、東の方角に輿を発見する。4年前、目に焼き付けた、それに間違いなかった。


「義元はあそこだ! あれに向かってかかれ!」


 信長の声は、騒々しい戦場の中でも良く通った。織田軍は、大きな生き物のようにうねり、信長の指し示す方へ向かっていった。



 その頃、義元は騎乗による撤退を断念していた。またしても大雨が不利に働いた。馬であれば、いち早く戦場から離脱できた可能性もあったが、地面がぬかるみ、まともに走れなかったのである。やむなく、義元の周りに残った旗本の兵、わずか3百で円陣を組み、その中で義元を守りながら徒歩で逃げることとなった。


 しかし、撤退の判断が送れたのは致命的だった。仮に、織田軍の襲撃が分かった時点で、撤退を決めていれば、敵が迫る前に逃げおおせていたかも知れない。しかし、義元の脳裏に、少数で突撃してきた佐々、千秋隊の例が浮かんだため、一瞬判断が遅れた。戦場では、その一瞬が命取りになる。すでに、義元の周りは織田軍で溢れかえっていた。


 初めのうちは、強固な円陣により、織田軍をはじき返していた。しかし、戦において撤退しながらの攻防は、非常に難しい。加えて、山を下りながらの今川軍は、敵よりも低い位置にいた。通常、高所にいる方が、断然有利である。小高い山など、高い場所に陣を張ることが多いのは、その為である。


 織田軍の執拗な攻撃は、2度3度、4度5度と繰り返され、旗本の精鋭も残り5十まで減った。

 信長も、馬がぬかるみに足を取られたため下馬し、若い馬廻り衆と先を争うように、槍で敵を突き伏せた。それを見た馬廻り衆も、血気にはやり、また猛然と敵へ襲い掛かった。

 お互いに刀が削れ、鍔が割れるほど打ち合い、激しく散った火花は、火の粉となって降り注いだ。両軍入り乱れての白兵戦となったが、信長の馬廻りは、身軽に動けるよう兜はせず、白い鉢巻をしていた。そのため、同士討ちすることなく、確実に今川の兵を仕留めていった。


 しかし、最後に残った義元の旗本は、城主など名だたる名将もいる精鋭中の精鋭だった。さすがの織田軍も、馬廻り衆、小姓衆、譜代の家臣衆で負傷した者、討死した者が次々に出たが、感傷に浸っている暇は無かった。


 そして、ついに今川義元へ一番槍を付けたのは、馬廻りの服部小平太であった。小平太は、今川旗本の間をすり抜け、義元へ斬りかかった。しかし、義元は愛刀、義元左文字を振るい、小平太の膝を薙ぎ払い、これを退けた。

 それも束の間、今度は横から、またも馬廻りの毛利新介が突進し、槍で義元の腹深く突いた。新介はその勢いのまま、義元に体当たりし覆いかぶさると、首を獲るため、脇差を抜きつつ、左手で頭を抑えつけた。

 義元は最後まであきらめず、新介の左手親指を噛みちぎる抵抗を見せた。しかし、新介は呻き声1つ発することなく、刀を義元の首に突き立てたのだった。


 最後の瞬間、義元が何を思ったのか、誰も知る由はない。だが、天下統一の志半ばで倒れる無念は、宿敵である信長が、一番理解していたのかも知れない。

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