第23話 強襲①

 ― 強襲 ―


 広正は、信長の掛け声を聞き、我に返って、声の方を見た。しかし、その場に信長の姿はなく、遥か前方を単騎で駆け登っていた。慌てた家臣たちも、急いで信長を追った。


 大将に一番槍をとられては、家臣の立場がない。それに、


『あの方を、死なせてはならない』


 という気持ちが、強く働き、士気は最高潮に達した。


 雨でぬかるんだ地面の泥は、全速力で走る兵士達によって跳ね上げられ、黒煙のように高く舞った。全員泥まみれになりながらも、大きな1つの黒い塊となって、今川軍へぶつかっていった。



 義元は、山の中腹が騒がしいことに気付いた。最初は、喧嘩かとも考えたが、ただ事ではない様子だった。直ぐに、織田軍の攻撃だと分かったが、義元は落ち着いていた。


 前衛部隊からも、中島砦の間者からも信長本隊が動いた報告は無かった。桶狭間山からも、大軍が動く様子は確認できなかった。恐らく、先ほどの攻撃のように、少数の遊撃隊が、決死の突入をしかけて来たものだと予測した。


 義元は、落ち着いて応戦するよう、家臣に指令を出した。しかし、織田の兵は、木々の隙間から湯水のように溢れだし、逆流する大河のように、今川軍を押し流した。


『まさか、信長か!』


 義元が、信長本隊と気付いた時には、時すでに遅かった。どこからともなく突如現れた大群に、本陣は大混乱に陥りつつあった。今川兵の中には


「天魔、鬼神が攻めてきた!」


 と、叫ぶものまで現れた。義元が『天魔、鬼神も寄せつけぬ』と侮辱したため、天の怒りを買ってしまったと思ったのである。それ程の猛攻であった。



 信長は、桶狭間山の北側から中腹まで接近すると、今川本陣の横腹に突撃した。文字通り、横槍を入れたのである。そのため、義元の旗本と、山の中腹の今川兵は分断されてしまった。


 砦の修復中だった兵は、武器を取る間もなく、弓、槍、鉄砲、幟、指し物、一切を置いたまま逃げるしかなかった。その他の武将たちも、司令塔との連絡が途切れ、それぞれ連携を失ったまま、好き勝手に戦うか、義元を探して右往左往していた。今川軍はすでに軍隊としての体を成していなかった。


 ついに、義元は己の信念を曲げ、輿を捨てて撤退することを決意する。


『ここで死ぬわけにはならぬ。生き延びさえすれば、立て直せる』



 優勢に戦を進める織田軍ではあったが、信長は内心、気が気ではなかった。

幾重にも戦略を張り巡らし、敵の罠を突破し、やっとここまで辿り着いた。すべては、この時の為にあったのだ。しかし、ここで義元を逃せば、勝ち目は絶望的になる。敵と切りあいながらも、目を見開き、義元を探していた。

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