第7話 前哨戦①
― 前哨戦 ―
信長は、何度か桶狭間を視察したのち、砦造りに着手した。
大高城の傍に、丸根砦と鷲津砦、鳴海城の傍に丹下砦、善照寺砦、中嶋砦を作る手筈となった。自ら陣頭指揮を取り、土木作業にも加わり、汗を流した。信長は元来、体を動かすのが好きなのである。平素より鍛錬を怠らず、戦でも先陣を切ることが多かった。そう言った面に惹かれる家臣も多かった。
広正も朝から日が暮れるまで砦造りに汗を流す毎日だった。
ある日、屋敷に帰ると、政綱がめずらしく神妙な顔をしていた。只事ではないことは直ぐに分かった。
「広正、儂の部屋へ来い」
政綱は、自分の部屋へ広正を招くと、小声で話始めた。
「先刻、今川の使いが来た。こちらに付けと誘ってきた。この話に乗るなら、仲間の土豪や、農民、田畑の無事は約束すると。断れば…」
言葉に詰まったが、少し震える声で続けた。
「断れば、戦の時は容赦しない、と。恐らく、この地の民は皆殺しだ。田畑も全部焼かれる」
義元に対する恐怖は、桶狭間の民、そして政綱にも深く根付いていた。
「儂は、この地と、この地に住む仲間を守る義務がある…… 今川に寝返ろうかと思う」
怯える政綱に、広正は小声だが、はっきりと意志を込めた口調で答えた。
「それはなりません。義元に寝返ったとて命の保証はない。それに勝てば沓掛城を拝領できるのです。城主になれば土地の皆にも良くしてやれるでしょう」
「勝ち目はあるのか? 相手は大軍だ。しかも海道一の弓取りだ」
「あります。戦場がこの桶狭間で、指揮をとるのが信長様なら」
嘘でも、虚勢でも無かった。ここ最近、信長について回るほど、信長の偉大さを身に染みて感じていた。また、おぼろげではあるが、信長の考える戦略が見え始めていた。
政綱は、確信に満ちた息子の表情を見て、誇らしく感じた。自分には出来すぎた子だ。信長も義元も関係ない。息子を信じようと思った。
「分かった。仲間の土豪の説得は任せておけ」
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