第8話 前哨戦②

 翌日、政綱は兄、弥次右衛門のいる九之坪城を訪れていた。弥次右衛門は、白髪としわが増えたが、すっかり城主としての風格が板についていた。


「めずらしいな。お前がここに来るとは」


 政綱は、堅物な兄が昔から少し苦手だった。弥次右衛門が城主となったとき、一緒に住むよう誘われたが、桶狭間を離れたくないと言う理由で断っていた。息子がなぜ、兄に懐いたのか、いまだに不思議だった。


 政綱は遠慮がちに口を開いた。


「折り入って頼みがある」


「兄弟だ。遠慮せず言ってみろ」


「実は、此度の今川との戦、信長様へ付くことにした」


 弥次右衛門は顔色が変わった。今川と全面戦争になれば勝ち目はない。それは織田家臣、皆そう考えていた。重臣達でさえ、今川に通じるものが出始めている。自分はともかく、弟まで織田と運命を共にすることはない。


「儂に遠慮しているのか?」


「そうではない。広正がな。最近、信長様の手伝いをしているのだが… 勝てると言うんだ」


 広正が優秀なことは、弥次右衛門が一番よく分かっていた。あの子なら信長様のお役に立つに違いない。

 それに、弟も頑固だ。一度決めたら、意志を変えることはないだろう、と考えた。


 弥次右衛門は大きく息をつくと、話を続けた。


「それで、頼みというのは?」


「儂にできることと言えば、神様に祈るくらいだ。戦勝祈願に神社を造ってもらえないか」


「うむ、それならたやすい。ちょうど、近くに古くて使われなくなった神社がある。それを新しくしよう」



 2か月後


 政綱と広正は、改装の終わった神社に呼ばれた。弥次右衛門が得意げな表情で近寄ってきた。


「よく来たな! どうだ。早かったろう。だいぶ急かしたからな」


「この度はありがとうございました」


 丁寧に礼を言う広正に、弥次右衛門は笑顔で答えた


「気にするな。織田家のためだ。この神社はな、十所神社と言って、古くて朽ちかけていたのを改装したのだ」


 こぢんまりとした境内で、鳥居こそないものの、立派な社が建っていた。


「寄贈者は”出羽守(政綱)”の名にしておいたぞ」


 思わぬ粋な計らいに、政綱は照れながら一言呟いた。


「すまない」


「気にするな!」


 広正は、父と伯父の心遣いに感謝するとともに、一層決意を固くするのだった。

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