第12話 真意③

 その2年後(1558年)、義元は突然、家督を息子氏真に譲る。自身が継承争いに苦労した経験から、早くから家督を譲っておきたかったのはあるが、尾張での戦いで万一のことが起こるかも知れないと考えたのである。



 その翌年(1559年)、尾張侵攻の大号令を発した。雑多な政務は、息子に任せ、自身は本格的な戦準備に取り掛かかった。これまでにない大規模な徴兵を行い、それを完璧に統率する事を目指した。また、敵地視察を入念に行わせ情報を集めては、尾張への侵攻作戦をいくつも検討するのだった。



 そんな折、信長が桶狭間に砦を造っているとの報が入り、義元は軍議を開いた。


「もう一度確認するが、砦は大高、鳴海周辺だけで、沓掛にはないのだな?」


 義元は念を押すと、家臣の1人が答えた。


「織田側も相次ぐ謀反で、国内制圧に手一杯。そこまで手が回らなかったのでしょう」


「……いや、違うな」


 独り言のように義元は呟いた。信長は、明らかに自分を沓掛城へ誘っている。

 義元は、すでに信長の策略を看破していた。


『桶狭間は山が多く入り組んだ土地。そこへ誘い込み乱戦に持ち込む腹だ。砦を多く造り、こちらの兵を分散させ、手薄になった本陣へ奇襲をかけるつもりだろう。圧倒的な劣勢を覆すには、余の首を獲るしかあるまい』


 ならば、敢えてその策に乗ろうと義元は考えた。


「砦は好きに造らせておくがよい。今は戦支度に集中せよ」



 そして、1560年旧暦5月(現代では6月)。


 大高城は信長の造った砦の影響により周囲と孤立し、深刻な兵糧不足に陥っていた。今川から派遣された城主、鵜殿長照自ら食料を確保しに城外へ出て、草木の実を採取する始末であった。


 その報を受けると、義元は直ちに軍議を開き、尾張侵攻作戦の全貌を確認した。


 まず、沓掛城へ入城する。そして先方隊を派遣し、大高城を救済、周辺の砦を撃破する。その後、本隊も大高へ入り、鳴海城周辺の砦も撃破。同時に、尾張で信長に反抗する土豪、服部党の服部左京助に伊勢湾から侵攻させ、熱田を制圧させる。熱田で今川軍と合流すると、そのまま北上し、居城である清州城を奪取。一気に、尾張を制圧する作戦を立てていた。


 義元は、居並ぶ重臣の前で、珍しく声を張り上げた。


「時は来た! 戦の準備は万全である」


「は!!」


 義元が出陣の号令を発すると、重臣達は一斉に頭を下げた。皆、この戦が尋常ではないことを察していた。



 家臣に対し表向きは、悲願の尾張奪還を掲げていたが、義元の本当の狙いは違っていた。


『桶狭間で必ず、信長の首を獲る!』


 奇しくも、義元と信長、真の狙いは同じく、お互いの首一つであった。

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