第13話 進軍①

 ― 進軍 ―


 1560年、旧暦5月12日(現代で6月5日)。


 義元自ら指揮をとる今川軍は、駿河の拠点、駿府を出発。東海道を通り、西進を始めた。


 行軍の途中で、その土地の兵を集結させていった。三河に差し掛かる頃には、その数は裕に2万を超えていた。行軍に出くわした農民は、終わりが見えない行列に驚愕したという。


 義元はいつも通り輿に乗っていた。輿に乗ることは、足利将軍家に近い、由緒正しい家柄のものだけに許されていた。合戦の際も騎乗ではなく、わざわざ足の遅い輿で移動することは、今川家の格の高さと、絶対に敗走しないという気概を誇示するためだった。


 大軍を引き連れ、輿に乗る義元は、まさに将軍さながらの威光を放ち、今川義元こそが天下第一の大名であると周辺諸国に知らしめるのだった。



 義元挙兵の報は、直ちに織田方にも伝わった。

 信長は清州城で報告を聞いた。そして、家臣に促される形で軍議を開いた。そこには簗田政綱の姿もあった。本来、政綱は軍議に参加できる身分では無かったが、今回は特別に許可されていた。当然、広正は参加出来ず、清州城の外で待機していた。


 軍議の場で信長は、ほとんど言葉を発しようとしなかった。

 仕方なく、家臣たちだけで、議論が始まった。籠城を主張するもの、出撃を主張するものいたが、大半は籠城派だった。ただ、どちらの案も勝算がないのは変わらなかった。


 そんな中、政綱も意見を求められた。政綱も内心、籠城しかないと考えていたが、信長の手前、そうは言えなかった。


「籠城しても、勝ち目はあるかどうか…」


「それなら出撃と申すか! どのようにして大軍を打ち崩すのか!」


 言葉を濁す政綱に、意見を求めた家臣は激高した。信長は、それを見るとたまらず制した。


「もう良い! 今日はここまで」


 そう言い放つと、強引に解散にしてしまった。



「軍議の様子は?」


 城の外で待っていた広正は、たまりかねたように政綱に聞いた。政綱は疲れ切った表情で、やっと答えた。


「どうもこうもない。籠城か出撃かでもめたが、答えなんか出ん」


「信長様は?」


「ずっと押し黙られたままだ」


 広正は、軍議の様子が手に取るように想像できた。信長の心情も痛いほど理解できた。


 信長が何も話さないのには理由があった。恐らく織田家臣の中に今川へ通じるものは多くいる。軍議の内容も筒抜けになっていただろう。偽情報を掴ませることもできるが、下手な小細工は通じない相手である。はっきりとした方針を示さないことで、あらゆる可能性を残しておく方が得策と考えていた。

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