第26話 継承①

 ― 継承 ―


 翌日。


 朝早くから清州城は賑わっていた。城だけでなく、城下も織田軍勝利の報告に、お祭り騒ぎだった。

 清州の寺院では首実検の準備が進められていた。今回、持ち寄られた首級は3千以上にも登った。女中たちは、その1つ1つを丁寧に洗い、死に化粧をしていた。


 首実検が始まると、織田家家臣、下方九郎左衛門が、昨日生け捕りにしていた義元の同朋衆(主君の元で雑務や芸事をしていた人々)を、信長の前に引き出した。信長は喜び、九郎左衛門に褒美をやると、同朋衆に義元討死前後の様子を聞いた後、それぞれの首が誰であるか、名前を書かせていった。その名前は、誰もが知っているような有力武将のものも数多くあった。


 そして、義元の首の実検が始まると、家臣たちは固唾をのんで見守った。ある同朋が、間違いなく義元公であると宣言すると、家臣衆は、一斉にどよめきの声を上げた。


「奇跡だ!」

「未だ信じられぬ!」


 沸き立つ家臣衆の中、信長は1人冷静だった。目の前には、尊敬し、畏怖した男の首がある。信長は、自分が思うのもおかしいが、義元はこんな所で死ぬ男ではないと思っていた。もし、この戦で命を落すことがなければ、必ず天下人になるとも思っていた。自分が負ける気はしなかったが、不思議と義元が負ける姿も想像できなかった。


『人間五十年…一度生を得て滅せぬ者のあるべきか…』


 信長は敦盛の一説を思い出していた。今回の戦は自分が勝った。しかし、いずれ自分を含め誰しもが、死ぬのだということを、改めて思い知らされていた。

 信長はおもむろに、義元の首の横に置かれていた、義元の秘蔵の愛刀、義元左文字を手に取ってまじまじと眺めると、小姓に試し切りをさせた。その切れ味は凄まじく、義元本人を彷彿とさせた。


『義元滅せど、この刀に天下統一への志は残っておる。ならば…』


 信長は、事を成すその日まで、この名刀を肌身離さず持ち続けることにした。そうすることで、義元の意志を、自らが引き継ごうと決意したのである。

 信長は、義元の統べる天下はどのようなものになったであろうか、と思いを馳せた。もう天下を獲るだけでは不足だった。天下人となり、義元以上の国家を築くことが、あの今川義元を倒した自分に課せられた責務なのだと思うのだった。

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