第27話 継承②

 首実検の後、義元の同朋衆には、十分な褒美が与えられた。その上、義元の首を、この同朋衆に渡し、十人もの僧をお供に付けて駿河へ送り返した。


 また信長は、清洲から20町(2.2km)南の熱田参りの街道に、「義元塚」を築かせた。供養のために大きな卒都婆(霊を供養するための細長い板)を立て、千部経を読ませた。千部経とは、同じ経を千人の僧が1部ずつ読む法会であり、かなりの規模で手厚く供養を行った。

 熱田参りの街道には、全国から人が集まり、人通りも多かった。信長が義元を討ち取ったという知らせは、瞬く間に全国へ広がっていった。

 信長は、自らの勝利と、偉大な戦国大名への敬意と追悼の意思を、いち早く全国へ発信したかった。その意味では、熱田参りの街道は、最適だったと言える。



 後日、信長は合戦の恩賞を言い渡すため、清州城に家臣一同を集めていた。次々と手柄を立てたものの名前が呼ばれ、相応の恩賞が発表されていく。

 終盤、一番槍の服部小平太の名前が呼ばれた。その次に満を持して、義元の首を獲った毛利新介が呼ばれた。双方とも、破格の恩賞が与えられた。

 家臣一同、これで終わりかと思った矢先、簗田正綱の名が呼ばれた。


「簗田正綱、沓掛城および知行3千貫を与える」


 名前と、恩賞が伝えられると、場は一斉にざわついた。他の家臣からすれば、正綱には、目立った功績が見えなかったため、皆不思議がった。しかし、信長は当初の約束通りの恩賞を与えたのである。


 会合の後、広正と政綱、そして政綱の兄、弥次右衛門も交え、3人でお互いの労を労っていた。

 政綱は広正に対し、満足げに言った。


「一同の顔を見たか? すべてお前の手柄だ」


弥次右衛門も、堅物な顔を緩めて言った。


「本当に良くやったな、広正。政綱!お前も晴れて城主だな」


 祝福を言われると、政綱は、急に真面目な顔になって言った。


「いや、少し早いが、儂は隠居しようと思う。簗田家の家督は広正、お前に譲る」


 広正は少し驚いたが、城主のような堅苦しいことが嫌いな父親らしいとも思った。弥次右衛門も珍しく笑っていた。

 これからは、一城の主として、信長を支えて行くと決心した。


 その時、信長の小姓がやって来て、信長が広正を呼んでいると伝えた。



 急いで参上した広正に対し、信長は労いの言葉を送った。


「よく来た! ご苦労だったな」


「はっ! 先ほどは過分な恩賞、まことにありがたき幸せ。若輩ながら、先ほど、家督を継ぐことが決まりました」


「ほう! では、お前が沓掛城主か! これからも頼むぞ」


 信長は嬉しそうに言った。


「時に、広正。此度の戦、如何であった?」


 広正は、この1年の出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡った。


「信長様の深慮、まさに神の如く。後の世に語り継がれる戦となりましょう」


「うむ。多少の誤算はあったがな。我ながら会心の出来だった」


 信長は満足げに答えたが、少し顔をしかめながら言った。


「だが、最後の大雨は、熱田の神も余計なことをした。後世の人間に、雨のおかげで勝てたと思われるのは癪にさわるな」


 そういうと、信長は無邪気に笑った。


「まあ、助けられたのも事実。神がかりも演出できた。雨もまた良し!か」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る