第5話 恩賞①

 ― 恩賞 ―


 5日後。


 信長は、朝早くから簗田の屋敷を訪れていた。客間の上座であぐらをかいた信長は、真剣に地図を眺めていた。


「これを作ったのはどっちだ?」


「息子の広正です」


「よし! 広正。ついて参れ」


 信長は、右手で膝を叩くと、すっくと立ち上がり、早々と外へ出て行った。広正も慌ててついて行く。


「これから地図を見ながら、周辺を回る。案内せよ。まずはここからだ」


 2人とも馬に乗ると、信長は地図の鳴海城付近を指さした。


「この辺りは敵城近辺故、危険でありますが…」


「構わん! 教継に儂の首を取る気概はあるまい」


 そう言って信長を裏切った山口教継を嘲笑うのだった。



 視察の中で、まず、広正が驚いたのは、信長の馬だった。

 実によく走る。すでに清州からここまで走ってきたというのに、一向に疲れを見せなかった。広正の馬では、ついていくのがやっとだった。


 信長は馬に乗り、よく単騎で遠駆けしていた。そのため、良い馬を見つけてきては、自ら大事に面倒を見ていた。それでも、短期間で乗り潰してしまうのだった。


 また、信長の集中力も凄まじかった。非常に細かいところまで、気を配りながら視察を進めていた。とくに気にしていたのは、距離感や周囲の景色、道の状態だった。目的地へ辿り着くまでに、何度も止まっては、熱心に確認したり、広正へ質問したりするのだった。


 そして、今日の視察の締めくくりとして、桶狭間山へ登るころには、日が傾きかけていた。


「この山が、桶狭間で1番高い山です。正面に見えるのが鳴海城、その左隣は大高城。後ろに見えるのは沓掛城となります。この辺り一帯、すべて見渡せます」


「確かに良い景色だ。だがな、広正。天辺に立つと何でも見通せる気がするものだが、案外見えないことも多いものだ」


 信長にしては小さな声で、一瞬物悲しそうな表情を見せた。広正は、信長の弟、織田信行を思い出した。


 信長が当主になって以来、山口教継を皮切りに、家臣の裏切りの連続だった。中でも、血を分けた実の弟、信行は、度重なる反逆行為により、最後には信長自身が毒を盛って殺害したのである。


 冷酷な印象のある信長であるが、実は情に厚い一面もあった。信行に関しては、何度裏切られても我慢をした。また、信行に加担した柴田勝家や林秀貞は、本来切腹のところ、信長の母、土田御前に取りなしをさせる形で赦免した。以降、織田家の忠実な家臣として活躍している。



「今日はご苦労だった。いったん屋敷に戻る」


 そう言って背を向けたため、信長の表情は、それ以上、読み取れなかった。

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