アホウドリのソテー
「……ごちそうさまでした」
海亀のスープを飲み干し、わたしは凪いだ海のような気持ちでスプーンを置いた。
結論から言うと諸君。すっげえ美味しかったわけである。
その食事は豪勢の極みと言えた。肉といわず魚といわず菜といわず、この赤道半径3400㎞の惑星上で味わう事の出来る美味のほとんど全てが、銀のテーブル一つに集約されていたと言えるだろう。
「ご満足頂けましたかなミス・マレウス?」
伯爵の問いかけに、姉さんは上品に頷く。
「堪能させて頂きましたわ」
「ミス・ルナは如何でしたか?」
「はい。それはもう凄く美味しかったです」
わたしも心から言った。
しかし、確かにその料理は予想を遥かに凌駕する種類と数だったが、何よりも驚いたのは、その量を瞬く間に平らげた伯爵に対してである。如何にも鈍重な外見に似合わず、手練れの暗殺者のような素早さでナイフを走らせて肉を切り刻み、槍の名手のように正確にフォークを突き立てて貪る伯爵の姿は、言っちゃあ悪いが二本足の豚さんのようであった。
「さて」
伯爵は姉さんとわたしに向けて微笑んだ。
「
「ええ」
姉さんは躊躇なく答えた。
「言い切れますわ、グスタフ伯爵。……厨房をお貸し頂けますかしら」
「もちろん」
伯爵の目が煌いた。
「隣の部屋です。あらゆる料理道具と調味料が揃っている。何でも自由にお使いなさい」
礼をして隣の厨房に入り、わたしたちは扉を閉めた。
「姉さん。レイの様子がおかしかったようですが。あのちび、何かあったのですか?」
料理だの何だのの前に、ひとまず最も心配すべき事柄を訊いてみる。
「大丈夫よ、ほとんど計画通り。元々、あの子には適当なところで席を外して城内を調べるようお願いしていたから。そのタイミングが早まっただけ」
「はあ」
よく分からないながらも頷く。姉さんが大丈夫というなら、それは間違いなく大丈夫なのだ。
そして――調理を始めることになった。
「いよいよね。ルナ、出しなさい」
「はい」
頷いたわたしは、ゆっくりと木箱を開けた。
細心の注意を払い、大切に包んだ肉を取り出す。小さく引き締まりながらも豊満な脂肪を蓄積したそれは、表面に白く淡い霜を降らせていた。そっと持ち上げて匂いを嗅ぐ。潮と、色濃い血の香りが全身を包む。生命の咆哮が骨の髄まで打ち震わせるようだ。
これが今回の依頼遂行への切り札――『アホウドリの肝臓』である。
「姉さん、どう調理するのですか」
「あまり凝ってはいけないわね。さっきの料理を見た限り、伯爵は見た目や風情よりも、ただひたすらに素材の味を引き出す事を重視するようだから」
そう言って、姉さんは『アホウドリの肝臓』の調理を開始した。
まずフライパンに油をひき、火にかける。
煙をあげる直前まで温まったら、バターの塊を放り込む。
肝臓に塩、胡椒、小麦粉を振り掛ける。
素早く牛乳に浸して再度小麦粉を振り掛け、溶けたバターを行き渡らせたフライパンに投入。
良い香りの煙が上がるが、気にせずにじっくりと火を調節する。脂肪の塊のため、火が強いとすぐに溶けてなくなってしまうからだ。
そのまま炎と睨めっこをしながら暫し待つ。
キツネ色に焦げ目が付いたら焼き上がり。
フライパンからそっと持ち上げ、銀の皿に盛り付ける。
次に姉さんはソースを作り始めた。フライパンに残った肉汁と油に蜂蜜とマスタードを追加して混ぜながら、『アホウドリの肝臓』と一緒に木箱に入っていた、綺麗な小瓶を取り出す。
「ここで隠し味の登場よ」
中にはさらさらとした、白い粉が詰まっていた。姉さんがわざわざ持参したのだから、砂糖だの塩だのといった、ありふれた調味料ではないだろう。
「……姉さん。それは?」
「魔法の粉よ」
「……ひょっとして、違法なやつですか」
「違法なやつよ」
さらりと言ってのけ、姉さんは違法なやつをフライパンに振り掛けた。数秒ほど掻き混ぜ、出来上がったソースをとろりと皿に流し込む。なんとも良い匂いが辺りを包む。
そうして――『アホウドリの肝臓』のソテーが完成した。
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