じごくあっきて

「……んっ?」

「んっ?」


わたしとレイの疑問符が一瞬のハーモニーを奏でた。

「マクスウェル翁、失礼。いま何て仰いました?」

「ですから。今回の依頼は、『地獄悪鬼じごくあっき・チュパカブラの捕縛』でございます」

マクスウェルは開き直ったように言った。


『これ以上は口に出させないでくれ』――と、その声音が物語っていた。


「な、なんですか、その、ええと……じ、地獄悪鬼チュパカブラというのは?」

仕方なく反復しながら、わたしの声は自然と小さくなる。

なるほど。これは――恥ずかしい。あまり連呼したくない。


「最近、ギネルヴ共和国の郊外で奇怪な事件が頻発しているそうです」

口髭を撫でながら、マクスウェルは説明する。

「シェリダンの森と呼ばれている地帯があるのですが、その近隣でここ数か月、おかしな事件が起きています。森に棲んでいる『ケモノ』たちが、妙な死体となって見つかるというのです」

「妙な死体……とは?」

わたしは口を挟んだ。

「そりゃあ弱肉強食の世界ですから、争いは茶飯事でしょう」

「それが、のですよ。体液だけをのです」

マクスウェルは、わたしの顔に目を向ける。


「見つかったケモノたちの死骸は、その多くが血液だけを吸い尽くされ干乾びた状態なのです。水分は失われているものの、その肉と骨自体はほぼ丸ごと残っている。いずれも首や身体の数か所に太い穴が空いているらしいですな。捕食者は獲物に鋭い牙、或いは刃めいたものを突き刺して、そこからようです」

「えぇ……」

その光景を想像してしまい、わたしは胸を押さえた。


嫌だ。そういうのは本当に嫌だ。先日の人喰い伯爵の件といい、どうしてみんなそうやって血みどろなのだ。もっと平和に暮らそうよ諸君。


「もちろん今まで、そのような方法で獲物を捕食するケモノは原生しておりませんでした。どこかからの外来種かと思われますが、ギネルヴに限らず、世界でそのような捕食行為を行うケモノというのは例が無い。強いて言えば蝙蝠ですが、被害は全長1mを超す大型猛犬アレスハウンドにまで及んでいる。死体に空いた穴のサイズも、とても蝙蝠程度の大きさとは思えない。世間は此度こたびの犯人を未知の生命体――UnidentifiedMysteriousAnimal、通称UMAとして認識しました。そしてその調査に名乗りを上げたのが、くだんのエヴォルシア博士。彼がこのUMAに便宜的に付けた名称が、その……」


「地獄悪鬼チュパカブラ、というわけね」

姉さんは平然とその名を呼んだ。恥ずかしがる様子など微塵も見られない。

「面白いじゃないの、マクスウェル。地獄悪鬼チュパカブラ。とっても面白いわ」

それどころか姉さんは、普段からは考えられない勢いで食い付いてきた。魔女の度量の深さには、まだわたしも到底辿り着けそうもない。

御姉様おねえさま。失礼ですが、それほど面白うございますか?」

珍しくテンションを高める姉さんに、マクスウェルは不思議そうに訊ねる。


「そうね。久し振りに、モノに出会える予感がするわ。ワタシが今まで見た事もない、『魔女』にさえ手も足も出ない、もうの片鱗に触れられる予感が」


えっ。

それって、すっごく悪い予感なのでは。


わたしと、恐らく同じことを思ったマクスウェルは顔を見合わせた。

「お姉さんの勘は当たるからね」

何故だかレイまで妙に興奮しているようで、普段は聞けない上擦った声で言う。

「マクスウェル、すぐに船の手配をして頂戴。本当に楽しみねえ……くははっ」

姉さんはいつもの邪悪な笑みを浮かべる。


しかし、依頼の前から姉さんがこうして嗤うのを見るのは、わたしも初めてだ。



諸君。


なんだか、えらいことになりそうな気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姉さんは『災星の魔女』 天宮伊佐 @isa_amamiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ