複合企業・ウロボロスダイン

「ウロボロスダイン、って……」

わたしはマクスウェルの言葉を反復した。


「あの、ウロボロスダインですか」

「その、ウロボロスダインでございます、妹様」

「船やら宝石やら兵器やらをがんがん売ってる、あのばかでかい会社ですか」

「そのばかでかい会社でございます、妹様」


諸君らの中にまさか知らない者は居ないだろうが、一応の解説をしておこう。

北大陸はゼムニア王国に本社を構える複合企業・ウロボロスダイン。

70年ほど前に創業された会社で、元々は螺子や釘を扱う小さな卸業者であった。

創業者は極々平凡な人物であり、創業してからはしばらく、会社自体も平々凡々とした業績だったらしい。

ウロボロスダインが、複合企業として頭角を現し始めるのは、その創業者の引退後。

彼の跡を継いだ息子が、すこぶる優秀かつ野心家だったのだ。

二代目社長となった彼は、たちまち会社の売り上げを指数関数的に増やしたうえ、鉄鋼や造船と、徐々に他の業種にも手を伸ばし始める。そしてある王国の超豪華客船製造が爆発的大成功を収めて名を売ったのを境に、更なる他業種に進出。数多の他業他社を買収して増殖を重ね、そのまま30年も経たないうちに、ウロボロスダインを大陸一の大会社にまで成長させてしまった。


「依頼人はバラム=ウロボロス。……ウロボロスダイン社の、現社長でございます」

「バラム=ウロボロス。経済界の、生ける伝説……」


一山いくらの弱小企業を、実質ほぼ一代で世界規模にまで発展させた時代の寵児。

いずれは経済学の教科書に載ると確定している、成功者の代名詞――バラム=ウロボロスの名前を、まさかこの星で知らない者などいないだろう。政財界でもかなりの大物と言える。


「ふうん。今回の依頼者は、あの男なのね」

しかし姉さんの表情に、さしたる驚きは浮かばない。

災星の魔女ディザスターウィッチ』に仕事の依頼が出来るのは、そもそもがかなりの資産家や権力者であって当然なのだ。

さて、今回『災星の魔女』に舞い込むのはどれほど難解な仕事であろうか。


「依頼内容は、『本社内に潜伏している企業スパイの炙り出しと、その追放』です」

淡々とした口調で、マクスウェルは言った。


「企業スパイぃ?」

わたしは不満の声を漏らす。

「こりゃまた、えらく下世話な依頼ですね。偉大な姉さんやわたしに見合う仕事とは思えません」

姉さんの下に舞い込む依頼は種々様々だが、基本的には世間一般で言われるところの『難題』ばかりである。

謎の連続殺人事件の解決。

街を脅かす大魔獣の討伐。

この星のパワーバランスを崩しかねない国家規模の謀略の暴露。

そして――これはわたしがする前の話になるので詳しくないが、ほんの数年前のこと、姉さんはその智謀と奸計により、たった独りで暗躍してすらあるというのだ。


「やれやれ。暴走した最新型試作兵器の殲滅とか、ゾンビが徘徊する屋敷の攻略とかを期待していたのに。しょうもないスパイ探しだなんて」

わたしは鼻で笑った。

「姉さんを、探偵か何でも屋と勘違いしているのですか。ちゃんちゃらおかしくて、おなかが捩れますよ」

まったく、片腹痛いとはこのことである。諸君も今まさに腸捻転を起こし、肩は脱臼しているであろう。

「姉さん。この依頼、どうしますか?」

わたしは姉さんに訊ねた。無論『この不届きな依頼者にどんな罵詈雑言を浴びせつつ断りますか』の意である。


「愉しそうね。受けましょう」


姉さんは、無機質な声音で呟いた。

黒曜石のような暗黒の瞳が、隣に座るわたしに向けられた。

「ねえ、ルナ。魔女とは世界を愉しむものよ。魔女は愉しければ迷子の仔犬を拾うし、その犬を奈落に棄てるし、人の命を助けるし、その人に飲ませる毒薬を作るし、国を繁栄させるし、その国の姫を森にさらうの。。この世の全てを肯定する、それが魔女というものでしょう?」


「……当然ですね」


わたしは胸を張って答えた。


「いま、わたしも全く同じことを言おうとしていました」

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