ヘビの命
仲間外れ、が動機?
思わず姉さんの顔を見上げる。
それは、わたしに出されていた課題だ。
「アナタだけ、服装が豪華です」
言葉を続ける前に、姉さんはちらりとわたしを一瞥する。
答え合わせの時間よ、とその眼が言っていた。
「バラム社長は、見ての通りそこらの露店で売っているような安物のシャツとズボン、それに歩行補助の杖のみという質素な出で立ち。対してアナタは高級なスーツに、一点の曇りなく磨かれた革靴。どちらも卸し立てと見えます。頻繁に買い換えているのでしょう。そして、その腕時計。業界随一の名ブランド・デルラゴ社と高名な芸術家アンドルフ=クーザーが組んだ、限定デザインモデルですね。流通相場は2000万アレスほどでしょうか」
2000万アレス!?
横で聞いてたわたしはぶっとびそうになった。
「
隣から、レイがこそこそと囁いてきた。何だか恥ずかしいのでその足を思い切り踏みつける。レイは何故踏まれたか分からないようで眉を顰めた。
「くだらん。実にくだらん」
バラムは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「この世で何よりも価値のあるものであるカネを、時計などに浪費するとは。何億アレスの時計を身に着けようが、流れる時間は誰も変わらんというのに」
「そしてシンシア嬢」
姉さんは続ける。
「美しいドレスと、髪飾りやネックレスに指輪。彼女も一見すると、豪華に着飾っているように見受けられます。しかし実際は」
「服なんぞに大切なカネを掛けられるかよ、馬鹿馬鹿しい」
本人が言葉を引き取る。
「親父が令嬢の体裁体裁っていうから小奇麗に見せてるけど、ドレスはカーテンレース製の手作りだし、この髪飾りは業者の試供品だ。ネックレスと指輪は露店で買ったビー玉程度の人工宝石」
「ほへぇ」
わたしは思わず、シンシアの服装をまじまじと見つめる。
カーテンレースでドレスを作るとは、意外な女子力持ちだったようだ。
そこでようやく、わたしにも姉さんの出した問題の答えが分かった。
仲間外れの正体は――『価値観』。
バラムとシンシアは、真の意味での拝金主義者。人生はどれだけ金を貯める事が出来るかを競う為だけのゲームであり、更なる増額の為の投資以外には、ましてや私欲を満たす為に使うなど考えられない、文字通りの金の亡者なのだ。
対して、リカルドは。
金とは使うもの。モノを買うためのモノだという――まともな感性を持っていた。
「リカルド。お前が儂の唱える『ウロボロスの信念』を理解しておらんのは知っておった」
副社長として迎え入れた義理の息子に、バラムは静かに言った。
「お前ではウロボロスを継ぐに相応しくないということもな。だが、お前にはシンシアをこの世に授けたという実績があった。だから何よりも大切なカネを散財させるという愚行にも目を瞑ってきたが、お前はその恩を仇で返そうとしたのか」
「……ふざけるな!」
しばらく黙っていたリカルドだったが、義父の言葉にとうとう激昂して叫んだ。
「間違っているのはアンタだ! ただ貯めるだけでどうする。使ってこその金だろうが!」
「違うよ、親父」
シンシアが、諭すように穏やかな声で父親に言った。
自分が絶対的に正しく、相手が絶対的に間違っているのだと知っている声で。
「金は、この世で最も価値があるものなんだ。最低限の飲食をする事と、金それ自身を膨らませる事以外に使うなんて勿体ないよ」
「シンシア……お前はその男に洗脳されているんだ。目を覚ませ!」
「洗脳ってのは、元々あった考え方を強制的に変えられる事だろ? あたしは生まれた時から爺ちゃんに正しい教育をされてきた。これがあたしの原初なんだから、洗脳はおかしいよ」
シンシアの無感動な言葉を聞き、リカルドは怯えたような顔になる。
それは――父親が、実の娘を見る目ではなかった。
「やはり儂の跡を継げるのはシンシアしかおらんな」
バラムは目を細めて孫娘を見た。
皺だらけの顔は、泣き笑いのような表情を浮かべている。
その顔には、見覚えがある。
シンシアが、自らが社長令嬢となる未来の話をした時と同じ顔。
やっと、わたしは理解した。
あれは、自分が死んだ後のことを
逆だ。
あれは、自分が死んだ後も、その血が途絶えた後も、ウロボロスの魂が次代に受け継がれることを確信した、恍惚の表情だったのだ。
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