あの時の坊や

「ではバラム社長。これにて依頼は完了とさせて頂きます」


白眼を剥いて失神したリカルドの身体から手を離し、姉さんは宣言した。

「後は法に引き渡すなり私刑に掛けるなり、御随意に」

「……いやはや、驚いた」

純白のワンピースに付いた埃を払う姉さんに、バラムは感嘆の声を上げる。

「魔女の秘術というのは、一体どういうものなのだね。パメラ殿、ぜひ教えてくれんか」

「あら。残念ですけれど、社長ならワタシが何と答えるかなど予想が付くと思いますが」

「……企業秘密、か。そうだろうよ」

稀代の経営成功者は愉快そうに笑う。

「もっとも。社長の信念に基づくなら、この世に金で買えないものはございません」

「ほう。幾ら出せば売ってくれるね?」

「今のアナタの全財産」

バラムは真面目に思案する様子を見せた。

「……ちなみに、不死や若返りの法はあるのかね?」

「そこまでは残念ながら。今ある技術は不老の法までですね」

「なら止めた。割に合わん。この老いた身体でゼロから稼ぎ直しは酷だし、そこまでせんでも既にシンシアがおる。ウロボロスは無限にまわる。古蛇は大人しく去ろう。……不老と言ったが」

何かに気付いたかのように、老人は姉さんの顔を改めてまじまじと眺める。

「パメラ殿。儂は最初に、そなたの母親の所在を聞いたな?」

確か、そうだった。知り合いに似ているとかなんとか――。

「実は儂が若い頃、放浪の旅人を自称する女性に一夜の宿を貸してやった事がある。その女は一宿一飯の礼にと、当時の鉄鋼業界では斬新な画期的工法のアイデアを授けてくれた。それが大成功して特許を取ったのが切っ掛けで、儂の経営者としての道がひらけたのだが……まさか」


「くははっ」


姉さんは。

と首を曲げて、わらった。


「やっと気付いてくれたわね、あの時の坊や。50年振りに、また御馳走してもらおうかしら」

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