断章『宴の始末』
ぼくが部屋に入ると、二つの人影が目に入った。
一人はグスタフ=エル=ヌークリヒ伯爵。肥え太った大巨漢は、椅子に腰かけて俯いたままぴくりとも動かない。
もう一人は『災星の魔女』。
グスタフ伯爵の傍らに立ち、その姿をひたすら凝視している。
目の前の愉しいものを、永遠に脳髄へ焼き付けようとしているように。
俯いた伯爵の顔はよく見えないけれど、どんな表情で事切れているかは簡単に予想できた。
「……終わったみたいだね」
伯爵の腹が捌かれて色々なものが零れているのを見て、ぼくは全てを察した。
彼も、魔女には勝てなかった。
「……ルナが、いないけど」
部屋を見回して、よく見知ったもう一人――魔女の妹の姿が見えない事に気付く。
「どこ行った? 死んだ?」
「ええ。残念だけれど、先に食べられてしまってね」
「ああ、そう」
「冗談よ。独りで外に出させたわ。せっかく食べた御馳走を戻してしまいそうだったから」
「ふうん。まあ、どうでもいいけど」
実際、どこで死のうが生きようが、あんな小者の所在に関心なんてない。
ぼくにとって重要なのは、魔女の『死』だけ。
そして残念ながら、ぼくの望みは今回も果たされなかったみたいだ。
「地下、見てきたよ。お前の言ったとおり隠し牢があった。人間と、人間の残骸が一杯あった」
事前に指示されていた通り城内を捜索していると、その牢屋の隠された入口はすぐに見つけられた。
隠し牢の開錠には、特に苦はなかった。
きつかったのは、その奥で目にしたものだ。
夥しい数の死体、散乱した血と肉と骨と爪と毛髪。
蛆虫と蠅が蠢く中で、発狂して叫び続けていた女の子。
「屑だ。あんな事をする人間だなんて思ってなかった」
ゆったりと椅子に腰かけた食人鬼の死体に、ぼくは侮蔑の眼差しを送る。
「そういえば英雄さん、知り合いだったみたいね。どこで会っていたの?」
「中央大陸の貨物輸送会議で一度だけ。東ギルモアの食糧難を救う七つの打開策、とかいう議題で大演説をぶってたよ。他の政治手腕は駄目だけど食物が絡む事柄に関しては非常に有能だって、滅多に人を褒めない
「嫌味ねえ」
ありったけの憎悪を込めて放った眼差しは、さらりと流される。
「英雄さん。ワタシが食べられていなくて、残念だったわね」
「……別に。最初から、こんな奴にお前を殺せるだなんて思ってないし」
ぼくは咄嗟に嘘をつく。
本当は、この狂った食人伯爵ならば或いは魔女をも喰らってくれるのではと、少しだけ期待していた。
「一瞬だけれど、視線が宙に泳いだ。瞬きの回数も増えた」
でも、魔女の瞳は、全てを見透かしたように黒く輝く。
「まだまだ、嘘の吐き方も強がりの仕方も下手だわ。そんなのではワタシは騙せないし、殺せない」
「……言ってろ。いつか、絶対に寝首を掻いてやる」
「期待しているわ」
魔女はうっすらと唇を歪めた。
「さあ。堪能したし、帰りましょうか。臆病な妹をあまり待たせるのも可哀想だわ」
そう言いながら、魔女は、グスタフ伯爵の亡骸の横をすり抜けて部屋を出てゆく。
同じく扉に向かおうとしたぼくは、少しだけ身を屈めて、俯いている伯爵の顔を覗き込んだ。
「…………」
やっぱり、予想通りだった。
父さまが、母さまが、『災星の魔女』に殺された時と同じだった。
魔女に魂を汚染され、自らの臓物を生で喰わされて絶命したグスタフ伯爵の顔は、
――
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