共犯
諸君。ちょっと汚い話をするが、わたしは吐いた。
姉さんと合流するまではなんとか平静を保っていたが、城門を出て外の爽やかな空気を吸い込んだ瞬間、唐突に色んなものがせり上がってきた。
けど、だってさあ諸君。それはもう、なんていうか、しょうがないじゃないか。
「ルナ、調子に乗って食べすぎだよ……」
「うぅぅ。ご、ごめ、ん……うぅぅ」
さすがに反論する気力も沸かず、わたしはひたすら
「ほんとに大丈夫か、君……」
城に来た時にも迎え入れてくれた門番のイケメン兵士が、心配そうに身を屈めてわたしの顔を見ている。
「す……すみま、せん。汚しちゃったところ、自分で、片付け、ますから……」
「いや、それは別に構わないよ。後で俺が掃除しておく。どうせ日がな一日突っ立ってるだけで暇な仕事だからね。そんなことより自分の体を労わりなさい」
イケメン兵士はイケてる声でイケてることを言った。
実際は今から城主の自殺体が発見されてえらい騒ぎになるわけだが、到底わたしの口からは言えない。
「ほら、飲むんだ」
兵士はグラスに井戸水を汲んできてくれた。ありがたく頂いたわたしは、ぐびぐびと咽喉を洗浄する。実に気の利くイケメンである。さぞかしモテるんだろうなあ。こんな男性に夜道で甘い声をかけられたら、たいていの女性はイチコロであろう。
「……ルナ。そろそろ立てそう?」
「うん。あ、ありがとう」
「もう水はいいか?」
「はい。ありがとうございました……」
しばし兵士とレイに介抱され、なんとか回復したわたしはよろよろと立ち上がる。
「その鎧や兜、随分と使い込まれておりますわね」
無表情のままわたしたちを見ていた姉さんが、そこで唐突に兵士に話しかけた。
「ああ、これか」
兜に刻まれた
「傷だらけだろ? どれも名誉の負傷ってやつさ。俺の家系は代々この城に勤めていてね、親父のお下がりだ。元々は祖父さんが戦場で着込んでた鎧兜で……」
「なるほど。では、アナタが伯の唯一の共犯者というわけかしら?」
自慢げに言いかけていた男の笑顔が凍り付いた。
わたしとレイも動きを止める。
つい先ほど聞いた、グスタフ伯爵の言葉が脳裏によみがえる。
――一人だけ秘密を共有している兵士がおりましてね。
――代々我が城に仕えている忠実な男で。
わたしは思わず、男の腰に携えられた長剣を見た。
さっき飲んだ清涼な井戸水が、必要以上にわたしの胃を冷やす。
「……伯を、どうした?」
その井戸水さえ比べものにならないくらいの。
遥かな、ぞっとするほど冷たい声で兵士は言った。
わたしは慌ててレイの後ろに隠れた。
今まで姉さんと行動を共にして、その身に降りかかる荒事を何度も目にしてきたわたしの直感が、思いっきり警鐘を鳴らしている。
この人が剣を抜いたら、やばい。
黒曜石の瞳を細め、数秒ほど兵士を見つめて。
「ご安心下さい。最期は、
姉さんは、可笑しそうに答える。
「…………」
兵士の指が、そろりと、柄に一角獣を模した長剣に、
――伸びなかった。
「そうか」
俯いて呟く。
「とうとう終わったのか。もう……あんな事をしなくていいんだな」
「あ、あなたが。……どうして、止められなかったんですか?」
責めても仕方ないとは思ったが、わたしは訊かずにいられなかった。
「自分でも分からないよ」
わたしの目を見つめながら、兵士は悲しそうな悔しそうな、なんとも言えない表情を浮かべる。
「共に裁かれるのが怖かったか、或いは、代々仕えてきたっていう気後れかな」
「
「違いない」
姉さんの言葉に、兵士は力なく笑った。
「出頭するよ。すべて話す。……なあ、あんた。どこの誰だか知らないが」
憑き物の落ちたような顔で、兵士は姉さんに言った。
「この城の悪夢を終わらせてくれて、ありがとう」
姉さんは何も答えず、純白のワンピースを翻して道へと歩き出す。
無言で一礼して、わたしとレイもその後に続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます