目星が付きました
「
有無を言わせない、一切の反論を拒絶する声だった。
「愛も友情も憎しみも悲しみも悦びも。札束で頬を叩けば、人の心など幾らでも買えるのだ。実体が無いのと、定価が決まっておらんから分かり辛いだけでな」
「て、定価、って……」
それは、人のこころには絶対に
「世界に、金で買えないものなど存在せん。強いて言えば命くらいか。しかしそれも今の世の話。いずれは命さえ買える時代が来ると儂は知っておる」
「そっ、そんな馬鹿な」
思っているじゃなくて『知っている』ときた。
無茶苦茶である。なんという拝金主義者であろうか。
「魔女殿。馬鹿な話だと思うかね?」
バラムは姉さんに昏い目を向ける。
「まさか。大変な
容疑者の名簿を黙読していた姉さんはきりきりと首を曲げ、黒曜石の瞳を細めた。
「いずれはそういう時代が訪れるでしょう。
「で、でもっ。もし、そうだとしても」
わたしは口を挟む。
「じゃあ、社長は結局……それほどのお金を貯めて何を買いたいのですか? 国? 大陸? 芸術? それとも誰かのこころですか?」
「だから言っておるだろうが。儂は何も買わん」
バラムはわたしの指摘をさらりと受け流す。
「大事に貯めたカネを、どうして使わなければならぬ。よく考えてみい。稼いだ金を使うなど、金をわざわざ他のものと交換するなど、馬鹿馬鹿しい事この上ないであろう? 金があれば、どんな高価なものでも手に入るのだよ。どんな高価なものでも手に入るという事は即ち、どんな高価なものよりも価値があるという事ではないか」
「えぇ……?」
わたしは混乱した。
何を言っているのだ、この爺さんは。それでは本末転倒じゃないか。
だって。お金はあくまで交換手段であって。金貨や札束だけ持ってても。
「儂を馬鹿にするかね、小童。本末転倒だ、と言うのかね?」
わたしの心の中を見透かしたように、バラムは薄く笑った。
「モノとカネの立場を履き違えていると? 使わなければ、カネを貯める意味など無い、と? 使う宛てもなくカネを延々と貯めるのは、終わりの来ない環を追いかけ続けるようなもの、自らの尾を飲み込もうとする蛇のようなものだと? しかし、世の中には美味いものを食べるのが生き甲斐だと言う人間がおる。多くの女を抱くのが生き甲斐だと言う人間がおる。小童よ。どうしてカネを貯めるのが生き甲斐だと言う人間だけが、愚か者と呼ばれねばならぬのかね?」
わたしは絶句した。
老人のしわがれた声には、逆らえないだけの凄みがあった。
「
リカルドが顰め面で口を開く。
「小さな子ども相手に、そんなシビアな話は止してください。『災星の魔女』様の助手さんですよ。人格形成に悪影響が……」
「構いませんわ、副社長」
姉さんはリカルドの言葉を遮る。
「色んな方々の、
「は、はい」
わたしは頭を下げた。とりあえず、姉さんに従っていれば間違いはないのである。
「さて。ところで、皆様」
そして今日も――『災星の魔女』は、さらりと告げる。
「そろそろ、犯人の目星が付きました」
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