金の亡者
「なあ、『災星の魔女』さんよ。あんたの意見も同じかね」
「そうですわね」
バラムの問い掛けに、姉さんはゆっくりと頷く。
「今の御話の全てが事実であるとし、それらだけを元に考えれば。犯人が皆様の気付かないレベルの盗聴・盗撮術を有している場合を除けば、その人物は重役の方々の中に居る可能性が一番高いでしょう」
「そうだよね。まあぼくなら、外部からでも情報を盗める自信はあるけど」
レイが偉そうな事を言って追随する。でもこのちびは、姉さんの手柄横取りブーストを置いといたとしても、史上最年少で『
「ちなみにそういう会議って、どれくらい上役の方が出席するものなのですか?」
わたしの質問に、バラムは指を折り始める。
「そうさな。会の趣旨によって人員は異なるが、ほぼ必ず参加するのは儂と副社長のリカルド、専務と三人の常務、経理と営業と技術の部長、そしてシンシアの……10人か」
「シンシア嬢も?」
「形だけな」
シンシアはつまらなそうに言った。
「あたし自身は出たくもないが、社会勉強だとよ。勉強なんて何よりも嫌いなんだけど、まあ一応、未来の社長令嬢だから仕方ないだろ」
「えっ……」
その言葉にちょっと驚いて、わたしはこっそりとバラムの表情を伺った。
シンシアが社長令嬢になる未来というのは、リカルドが社長になった日の事であり、つまりそれは『生涯現役を公言している現社長のバラムが死んだ先の未来』という意味とイコールなのだ。
そりゃあ人はいつか必ず死ぬけれど、本人が死んだ後の話をするっていうのはかなり不謹慎なのではないかしら。
そう思いつつ、こっそり老人の顔を見て、わたしはギョッとした。
その顔には。
老いさらばえたバラム=ウロボロスの皺だらけの顔には、泣き笑いのような、何とも言えない表情が浮かんでいたのだ。
いかに精神が現役であれ――肉体はもはや先が短いと、老人は悟っているのだろう。
なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、わたしは慌ててバラムの顔から目を逸らした。
「えーっと……それでは、容疑者は10人、というわけですね」
一刻も早く会話の方向性を変えたくなり、そそくさと口を開く。
「社長のバラム氏と、息子であり副社長のリカルド氏、その娘のシンシア嬢は当然除外して7人。専務、三人の常務、経理部長、営業部長、技術部長。……この7人について詳しく知りたいのですが」
「それぞれの経歴書をまとめておる」
すぐに表情を真顔に戻し、バラムはテーブルの上に置いてあった封筒を差し出してきた。手際よく用意してあったという事は、本人も上役の誰かが企業スパイだとほぼ確信していたのだろう。
「ふむふむ……」
受け取ったわたしは、7人それぞれの資料に目を通した。フルネーム、年齢、役職、出身地、業務内容、前歴、バラム社長から見た人物評などが細々と記載されている。
「……この常務さんは怪しいですね」
わたしは鋭く指摘する。
「最近、一戸建てのマイホームを購入しています。さぞかしお金が必要だったでしょう。その購入費用を稼ぐためにスパイ行為に手を染めてしまったのかも知れませんね。あとは……この営業部長。趣味が釣りです。釣り……川……泳ぐ……流す……情報を流す。スパイ活動の暗喩かも知れません。……あっ! この専務! 同じ名前の人間が殺人犯だったミステリを読んだ事がありますよ! こういう名前の人間は大体」
「ルナ、もういいわ。ワタシにも見せて
冴え渡る推理に血沸き肉躍るわたしだったが、桃色の脳細胞が今にも最高に活性せんとした矢先、姉さんに資料を取り上げられてしまった。
「その中の誰であろうが、いずれも20年は昔からウロボロスに携わっていた者よ」
無言で資料に目を通す姉さんを見ながら、押し殺した声でバラムは呟く。
「それほど従事しながらウロボロスの信念を冒涜した愚か者は、絶対に許さん」
鬼気迫る表情で老人は
「ウロボロスの信念? 社長さん、それってなんなの?」
あっけらかんとした声音でレイが尋ねる。
「決まっておるだろう。金よ」
対するバラムもあっさりと言い捨てた。
「小さな『
「ふうん。でも、そんなにお金を稼いで、どうするの?」
理解できないといった表情でレイは言った。
口には出さないが、わたしも同感だった。
ウロボロスダイン社は、すでに大陸最大、恐らく他の大陸の企業と比べても、どこにも引けをとらない程の大きさを誇るのは間違いない。
「会社をもっと発展させて、もっとお金を稼いで、もっともっと会社を発展させて、稼いで……それから、どうするつもりなの?」
「それからなどは無い。儂はずぅっと、永遠にウロボロスダインを発展させてゆく。永遠に金を貯め続けるのよ。金集めに、ウロボロスの環に終わりなど来るものか」
「……分かんないけど。そんなにお金が欲しいの?」
「当然よ。カネは、世界で最も素晴らしいものに決まっておる」
「…………」
レイは何も言わない。
「……けれど、世の中にはお金で買えないものだってありますよ」
つい口に出してしまう。バラムは、頬を歪めてわたしの顔を見た。
「今までに、腐るほど多くの人間が
お金で――買えないもの。
「そうですねえ。月並みな答えですが、一番身近なものではやっぱり……えっと、人の心、とか」
我ながらくさいなあと思いつつ答えたわたしの顔を、真正面から見つめて。
「買える」
老人は、断言した。
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