ずばーんと下してしまう

「では、依頼の本題に入ろう」

姉さんとわたし、そしてレイの顔を順ぐりに見ながら、老人は告げる。


「既に伝えてはおると思うが、実はこのウロボロスダインに、敵対企業の内通者が潜伏しておるらしいのだ。そなたらには、そ奴の正体を暴いてもらいたい」

大半はマクスウェル翁から聞いていた事だったが、バラムは改めて説明を始めた。


前述の通り、元は小さな町工場から創業したウロボロスダインは、造船事業の大成功を皮切りに、漁業・輸出入業・鉄鋼業と手を伸ばしつつ更にあらゆる他業種に進出、買収。今では大陸中のほぼ全ての国家に食品・工業品・武器等々、あらゆる商品を供給する複合大企業である。今やこの大陸では、ウロボロスダインを象徴する『』の刻印が刻まれていない商品を見ない日は無いだろう。最近は薬剤関連の大会社を買収し医療方面にも進出。いずれはこの大陸の商社の大半を、つまりはこの大陸の全ての経済市場を牛耳ってしまうのではないのかとも言われている。


しかし最近、そのウロボロスダイン社内の情報が『漏れて』いるという。

「この数か月で、我が社の送り出す筈だった画期的なコンセプトの新商品が幾つも他社に先取りされた。また、新規進出を狙っていた業種の買収計画もことごとく他社に出し抜かれ、新工場建設に目を付けていた土地は交渉直前で他の者に差し押さえられる」

老いてはいるが成功者の尊厳に満ちた重苦しい声で、バラムは説明する。


話を聞いている途中、姉さんはわたしを見下ろして意味ありげな視線を向けてきた。

『自分に代わって合いの手を務めなさい』という、いつもの合図である。

「……ただの偶然ではないのですか?」

なので、わたしは無理やり言葉を捻り出す。

「だって、どこの会社さんも新規開拓とか商品開発とか、なんか色々とがんばってるんでしょう? たまたま企画や発想がカブることもあるのでは?」

「なんだ、この小童こわっぱは?」

バラムは片眉を吊り上げた。

「いきなり偉そうな口を挟むのう」

「ああ、バラム社長。どうかお気を悪くなさらず」

姉さんが緩やかに答える。

「この子はワタシの有能な助手です。事の詳細を把握する為、依頼者様のお話には出来るだけ口を挟めとしつけておりますもので」

「そうかね。それほど頭の回りそうな小童には見えんが」

わたしを見下ろしながらバラムは言った。


流石に稀代の経営者と言えど、ブラックホール並の超高密度で体内へと凝縮されているわたしの知性には気付けなかったらしい。その隣では、レイがなにやら可笑しそうに頬を曲げている。あとでそのほっぺを全力でつねってやろうと決めた。


「小童よ。一つ二つなら運が悪かったと納得も行くが、この数は偶然では在り得ぬ。重役会議で決まった機密事項、新商品開発の企画内容や特許取得案が、誰かに盗まれておるとしか思えんのだ」

「はあ、なるほど。それで社内に企業スパイが潜伏していると。ええと……具体的に、モノが盗まれているのですか? 例えば書類とか、開発中の新商品とか」

「物理的な盗難は、今のところ発覚しておらん」

「ということは犯人は、機密書類やら何やらを直接見聞きして、口頭で情報を売っていると。ふむふむ。社内で怪しい人間を見かけはしませんか? 会議を盗聴してたり、盗み見してたり」

「おらんわ。そんなのが居たらすぐさま捕まえとるに決まっとろうが。……なあパメラさんよ。この小童は大丈夫なのか?」

「完全に大丈夫です」

わたしは即座に答えた。安易に姉さんを頼るなと言われている。

「では、その重要書類やらの類はどこに保管されているのですか? もちろん鍵付きの部屋で管理しているんでしょうけど」

「それまでは経理課の鍵付き棚に入れておったが、情報が盗まれるようになってからは何度も置き場所を変えた。しかし書類をどこに移しても漏洩は止まらん」

「ふむふむ。そういうことですか……」

話を聞き終えたわたしは、腕組みをして考える。


「なるほど。……謎が、解けましたよ」

もったいをつけつつ言うと、その場にいた全員が一斉にわたしを見た。


「簡単な話です。犯人は重要な会議だけで話された内容を、盗聴や盗撮などせず、議事録された書類をあらためるまでもなく、知っている。つまり……犯人はなのですよ!!」


ずばーんと、わたしは銀河的にキュートな結論をくだした。

くだしてしまった。


諸君。なんという推理力であろうか。自分で自分が恐ろしくなる。

あまりの驚愕に、全員が目を見開き震撼するだろう。下手をすれば失禁ものである。老齢のバラム氏など、ショックでぽっくり逝ってしまうかもしれない。

「……あれっ?」

だが、わたしの期待に反して、皆の反応は薄いものだった。姉さんとレイはぴくりとも表情を動かさず、リカルドは痛々しげに眼を細くし、シンシアは気だるげに欠伸をし、バラムは溜め息を吐いた。

「……やはり、そうなってしまうか」

消沈したように呟く。

「まあ、どれほどの馬鹿が考えたとしても、そういう結論になるだろうのう」

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