断章『レイナード=ヒム=ヴェルニカ』

通報からしばらくすると、地元の『守護機関ガードフォース』の連中が五人ほど駆け付けた。


バラムとシンシアの二人の証言により、ウロボロスダイン副社長の自社情報横流し、そして第三者への暴行未遂事件の顛末は公的機関の知るところとなった。もっとも、法外の存在である『災星の魔女』と、その助手である少女の身元に関してだけは、『たまたま運悪く現場に居合わせただけのバラムの知人』と詐称されたが、超が付く有名人であり大企業社長であるバラムの言葉を、やってきた守護士ガードたちは微塵も疑いはしなかった。


「ウロボロスの輪は無事に守られた。パメラ殿には最大の感謝を捧げよう」

最後に魔女に向かって礼をし、バラム=ウロボロスは部屋を出ていった。

――金を崇拝するあまりに金銭感覚が世間から逸脱してしまった、哀れな老人。


「親父がああなっちまったってことは、ひょっとしてあたしが次期社長かな? 魔女さん、また何かあったら相談するから宜しく頼むぜ」

飄々と言い残し、シンシア=ウロボロスもその場を去った。

――祖父と同じく、金に魂を蝕まれた哀れな娘。


「う、うぅん……ば……ばけものぉ……」

魔女に立ち向かいあえなく返り討ちにあった副社長のリカルドは、意識朦朧のままで情けない呻き声をあげながら担架で連行されてゆく。

――一番だった、何の取り柄もない愚かな凡夫。

もともとの犯人に大した期待はしていなかったが、それにしても、まさか傘一本で魔女と相対するほどの馬鹿とは思っていなかった。

せめて二段の腕前とやらを持つ、ブレイブソードで斬り掛かってほしかった。

無論、結果は同じだったろうが。


「……事件の概略は分かりました」

駆け付けた五人の守護士ガードの中でも長と思しき、年配の男が言った。

「ですが詳細確認のため、貴女あなたがたにも簡単な事情聴取を受けて頂きます。書類をまとめさせて頂きますので、どうぞこちらへ」


「事情聴取ですって!?」


男の言葉に、『災星の魔女』の妹である少女が素っ頓狂な声で返事をした。

「こここ、この星で最も偉大な人間である姉さんと、二番目に偉大なわたしになんて無礼な! おいレイ、聞いたか? このナイスミドルのナイスなジョークを」


「きみこそ『守護機関ガードフォース』の方々に失礼なことを言うもんじゃないよ、ルナ」


は、冷めきった頭で少女を諭す。


「みなさん、こんな遅い時間に駆け付けてくれたんだから」

「おっと、これはどうも」

年配の守護士ガードは、ぼくに向かって恭しく敬礼する。

「高名な少年『回天守護士ハイ・ガード』レイナード=ヴェルニカ殿のお褒めに預かり、大変光栄であります」


「わー。ちょっと、やめてくださいよ、そういうの」

ぼくは、照れくさそうに頭を掻くふりをする。

「ぼくなんて、まだまだ未熟な子どもです。そんな肩書をもらってるのも、たまたま今までの運がよかっただけで」

「そうやって、歳不相応な身分にも増長しないところがまた良い」

男は満面の笑みを浮かべて見せた。

「歴代最年少で『回天守護士ハイ・ガード』に座した天賦の才も、誰に対しても崩さない謙虚な姿勢もね。君の評判は、我々のような田舎の守護機関ガードフォースの耳にも良く届いているよ」


「そ、そうですかぁ? えへへ。ありがとうございます」

ぼくは、恥ずかしげに礼を返すふりをする。


ばかばかしい。自分の評判だなんて、心底どうでもいい。


「ちょっとちょっとナイスミドル。わたしの言うことは聞かないのに、そのちびの言うことは聞くのですか?」


完全に場違いな、まるで緊張感のない間抜けな声音でルナが抗議を始めた。

「あのね、お嬢ちゃん。君が誰だか知らないけれど、こっちの彼は偉大な『回天守護士ハイ・ガード』なんだよ」

年配の守護士ガードが宥めるが、ルナは白桃のような頬をぷくりと膨らませる。

「そんなこと知ってますっ。でも、確かに偉そうな身分ですが、人間的偉大さでは、このちびよりわたしの方が遥かに格上なのですよっ」

「なんだお嬢ちゃん、同年代の子の肩書に嫉妬してるだけか」

「うにゃっ!?」

三白眼を真ん丸にした少女は、その場でぴょこんと飛び跳ねた。

「嫉妬!? わわわわたしが!? なんという戯言たわごとを! 証拠は、証拠はあるのですかっ!」


――ぼくの知る限り、目の前の少女は、この星で最も馬鹿でちっぽけな存在だ。

邪悪な『災星の魔女ディザスターウィッチ』を、偉大な姉だと師だと崇める愚かな従者。

初対面から馴れ馴れしく『友達ごっこ』とやらに誘ってきたので首を傾げつつも付き合っているが、ぼくには未だにこの変てこな少女のことが理解できない。


「すみません。その子はちょっと変わってますが、ぼくの『大切な友達』ですから害はありませんよ」

「むむっ?」

なのだから言ってやると、守護士ガードに向かって喚いていたルナは途端に黙った。


「な、なんだよぅレイ。お前もなかなか言うじゃないか」

急に花が咲いたように表情を明るくし、嬉しそうに肩をはたいてくる。

「けどなお前、誤解したら駄目だからな。本当はわたしとお前は、そういうのじゃないからな。決して誤解するなよ。あくまでごっこ遊びだからな。くしし」

予期していた通りの返答だった。

分かっている。ぼくは一切、誤解などしていない。

ぼくと、この変てこな少女がやっているのは、ただの友達だ。


「ほらルナ、事情聴取と言っても簡単に話を聞くだけだからね。怖くないから」

「そうかぁ。まあ、お前がそう言うなら。うん。では姉さん、行きましょうか」

偉そうな態度で言いながら、ルナは隣に立つ存在を見上げた。


「ルナ。悪いけれど、アナタ一人で行って頂戴」


そして――『災星の魔女』が口を開く。

「ワタシはまだ、ここで少し事後処理があるから」

「ええっ。じゃあ、わたしも残りますよ。わたしと姉さんは一心同体です」

「ふえっ!!」

魔女の黒い瞳に射竦められると、びくんとルナの表情が引き攣った。

「行きなさい」

「は、はいぃ……」

諦めてがくりと項垂れた少女は、小動物のように縮こまりながら守護士ガードたちに連れられて行った。いつも口だけは達者だが、その中身は救いようのない臆病者。


そして、この場には、ぼくと『災星の魔女』だけが残された。

「さて、小さな英雄さん」

レイナードの顔を見下ろし、魔女は唇の端を吊り上げた。


「残念だったわね、今日もワタシの死ぬところを見られなくて」


「……耳障りだ。その口を閉じろ」

の仮面を被る必要がなくなったので、ぼくは言った。


「企業スパイなんかにお前を殺せるなんて、ぼくだって最初から思ってなかったさ。けど次こそ、お前が無様に死ぬのを見届けて笑ってやる」

「とても素敵な御言葉ですわ、皇子様」


純白のワンピースを風に揺らしながら、魔女は囁く。


「アナタの中で燃え盛り続ける炎は、本当に素敵よ」


四年前。

中央大陸の辺境にあったぼくの故郷は、ヴェルニカ皇国は一夜にして滅んだ。

たった一人の人間の、『災星の魔女』の手によって。その戯れの一環で。

皇帝であった父と、皇妃であった母は、ぼくの目の前で命を落とした。


あの悪夢の夜、ぼくは残りの人生の全てを復讐に費やすと決めた。

皇族の過去を捨てて様々な力を付け、最年少にして『回天守護士ハイ・ガード』の座についた。


以来、様々なパイプを通じて情報を仕入れ、魔女が悪質で困難な事件に巻き込まれないか、誰かに殺されてくれないか、或いは――あわよくば、隙を見て自らの手で息の根を止めてやろうと、ぼくはいつも魔女に付き纏っている。


何があっても、どんな手段を使ってでも、邪悪な魔女の死を、この目で見届ける。

ずっとずっと付き纏い、この星で最も忌まわしい『災星の魔女』が滅びる姿を見て、心の底から笑ってやる。

それが、あの夜、ぼくが魔女に宣言した『盟約』だ。


「アナタは本当に一途に、ワタシに執着してくれる」

魔女は唇の端を吊り上げる。

「ワタシに敵うわけがないのに。いつでも逃げてしまって良いのに、もう諦めても良いのに、その暗い炎を何年も消さずにワタシを想ってくれるだなんて」


「想う? ふざけるな。ぼくは、お前のことが世界で一番嫌いだ」


「ああ。という事は、という事よ。きっとアナタは、自分が死んでしまう最期の瞬間まで、ワタシの事を想ってくれるんでしょうね。人に想われるって、何よりも素敵だわ。ワタシを病的なくらいに慕ってくれる、あの可愛い妹もそうだけれど」


ぴくりと、自分の首筋が引き攣るのがわかった。

「本当に、似た者同士ねぇ。アナタ達二人を眺めていると、ワタシは本当に愉しい」

「どこが似てるって言うんだ」

ぼくは思わず眉を顰めて言った。

「ぼくを、あんな矮小な馬鹿と一緒にするな。反吐が出る」

「ほらね。あの子もアナタの話をする時は、いつもそんな顔になるのよ」



そう言いながら、と首を曲げて。

ぼくの父さまと母さまを殺した夜と同じように、魔女はわらった。


「くははっ」

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