体当たりのメッセージ

「魔女様。お待たせしました」


姉さんから出された宿題にわたしが首を捻っていると、当のウロボロス親子が部屋に入ってきた。リカルドが丁寧な物腰で告げる。

義父ちちの部屋にご案内致します。どうぞ」

決定的に魂が違うらしい父娘に連れられ、姉さんとわたしは部屋を出た。


部屋を出るとすぐ、わたしたちが来る時に乗った昇降機エレベータがあったが、リカルドはその前を素通りして角を曲がり、細く暗い通路を進んだ。

突き当りには、また別の昇降機があった。来た時に乗ったものと違い、小さくて薄汚れている。

「社長の部屋は二階です」

寂れた昇降機のボタンを押しながらリカルドが言った。

「二階?」

わたしは意外に思って尋ねる。

「社長なのに? 半端ですね。一番偉い人なんだから、ばばーんと最上階あたりに住めばいいのでは」

義父ちち……いや、社長は色々と変わり者で」

副社長は苦笑する。

「上層階が嫌いなのですよ。トップとしての面子があるから部屋を変えないかと何度も進言しているのですが」

「下の階でいいんだよ、爺ちゃんは」

シンシアが口を挟んできた。

「最上階でふんぞり返ってちゃ、社員がどう働いてるか分からない。下にいたほうが、いつ誰が昇り降りしてどんだけ働いてるか観察しやすい。それに何よりも、下階なら階段で行けるからが節減できるだろうがよ」


諸君。ケチくさくないか。あまりにケチくさくないか。

世界に幅を利かせる大会社の、大金持ちのご令嬢の発言ではないと思う。

「さては、ケチくせえと思っただろ」

考えが顔に出たのか、シンシアはじろりとわたしを見下ろした。

「嬢ちゃん、これ一回の機動で幾らかかるか知ってるか? 10アレスだぞ」

「は、はあ。10アレス……ですか」

そんなどや顔で言われても。わたしは曖昧な口調で応えざるを得ない。

安いじゃん。巷でポピュラーな駄菓子『ウマイウマイスティック』一本分の金額だ。ちなみにわたしがこよなく愛しているのはチーズ味である。


「一回で10アレス。これを聞いて、たかがそれだけかと思う奴は駄目なんだよ。一生使わなけりゃ幾ら浮かせられるか、即座に計算を始めた奴だけが商売人として大成するんだ。さて、嬢ちゃんはどっちかな?」

「シンシア。慎めと言ってるだろう!」

リカルドが口調を苛立たせる。はいはい、とシンシアはそっぽを向く。

わたしは別に腹も立たない。わたしがなろうとしているのは魔女であって、商売人ではない。けれど一生使わなければ幾ら浮くのか一応の計算を試みていると、ようやく上ってきた昇降機の扉が開いた。


見た目もボロいが、上ってくる時に乗ったものと比べて箱も遥かに小さかった。

「狭くて申し訳ない。社長室前に直通の小型なのでなのですが、まあ小さなお嬢さんが一人多いくらいは問題ないでしょう」

そう言いながら、リカルドが最初に箱の中へ乗り込んだ。シンシアと姉さんが続いて入り、わたしは健気けなげにも殿しんがりを務めて扉をくぐる。

本当に狭い箱だった。わたしが羽のように軽い美少女でなければ、定員オーバーとなっていたに違いあるまい。


ヴヴーッ!


わたしが箱の中に足を踏み入れた瞬間、耳障りなブザー音が辺りに響いた。

「…………」

リカルド、シンシア、姉さんの視線が、ほぼ同時にわたしの顔へと向けられる。

「えっ? あ、う……」

「あーあ、重量過多だとよ。嬢ちゃん、ちんちくりんだけど意外と重いみたいだな」

しどろもどろのわたしに、シンシアは冷たい笑みを浮かべて言った。

「ちょ、ちょっと。ちがっ、わたしは……!」

 思わず箱の外に跳びすさったわたしは、必死で抗議しようとする。


だって、これはさあ。総和じゃん。みんなの。我々が欠けることなく全体重を駆使したから、それぞれの肉体の水分やタンパク質やカルシウムその他を余すところなくぶつけたからこそ、昇降機エレベータを重量オーバーせしめたわけじゃん。我々全員の合意の上に基づいた、体当たりのメッセージだったはずじゃん。どうして箱に入る順番が最後だったからって、わたしだけが悪者みたいになるの。むしろ、この面子の中ではどう見たってわたしが一番軽いじゃんか。諸君。断言しておくが、わたしの体重はりんご三個分なのである。


理不尽な恥辱に塗れながら姉さんに目で訴えるが、姉さんはわたしから目を逸らしていた。首を大きく上に曲げた魔女の漆黒の双眸は、小型昇降機の天井をじいっと見据えている。

「すみません、お嬢さんに恥をかかせてしまいましたね。思ったよりシビアな重量設計だったようです。或いは老朽化しているのかな? 業者に点検を命じておきます」

箱から出ながら、リカルドは申し訳なさそうに言った。

「大丈夫だよ、お嬢さん。私はふくよかな女性も大変に魅力的だと思っている」

だから副社長、フォローが逆効果だ。恥ずかしいのはわたし一人ではなく我々全員であって。

「やっぱり昇降機エレベータなんか使うなって神託さ。金を掛けず階段で降りようぜ」

してやったりという笑みを浮かべつつ、シンシアが言った。

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