カボチャのスープ
「……で? マクスウェル。まあ余興として多少は面白かったけれど」
姉さんは右手の人差し指の先で、こつこつとカウンターを叩いた。
「この茶番に何の意味があったわけ? アナタは理由もなくふざける人間じゃないでしょう」
「勿論でございます。今回の『依頼』の完遂には恐らく優れた味覚が必要不可欠なので、畏れながら皆様を試しました」
「……優れた味覚が必要な依頼?」
わたしは目を瞬かせる。
「変わった趣きの依頼ですね。なんですか? 料理コンテストで優勝しろとか?」
「もしそうなら、ルナにはちょっと難しいよね」
隣に座っている愚かなちびが、にへらと笑った。
「……なんだと?」
わたしは目を細めて睨み付ける。
「どういう意味だ」
「だってルナ、料理ド下手じゃない」
レイは澄ました顔で続ける。
「この前は、カボチャのスープを作ろうとして失敗してたよね。あれぼく、ほんとにびっくりしたもん。だってスープなんて、極端な話、材料を全部丸ごと鍋に入れて火にかけて待ってたら勝手に出来てるものだよ。丸ごと、火にかけて、待つだけで、出来るものだよ? ねえルナ、あれはどうしたの? 何をどうしたら、カボチャのスープをあんなに苦く作れちゃったの?」
「う、うるさいな。色々あったんだよ」
諸君、どうか誤解しないでほしい。あれは、たまたまだ。ちょっぴり運が悪かっただけなのだ。
「水の他にも塩胡椒や牛乳が要るとか、擂りタマネギは後入れしちゃダメとか知らなかったし」
「火を止めた後でタマネギ入れたの!?」
何やら仰天されてしまう。
「それほとんど生だよ! だから苦かったんだよ! なんでそんなことしたの!」
「そりゃあお前、早く入れすぎたら、ふ、風味? とかが熱で飛んじゃって?」
「分かってないじゃん! 自分でよく分かってないじゃん! どこから来たのさその自信!」
「むぐぐ」
「あと、『創作野菜炒めである』とか言って、ぼくに
「それ以上いけない」
諸君。断固として止める必要がある。放っておいたら、このちびは諸君に向けて、わたしの威厳を著しく損なう妄言を口走りかねない。わたしは肉体言語に訴えることにした。
「ぎゃあ!」
つんつん頭を両手で鷲掴み、力いっぱい左右に引っ張る。
「いたいいたい! やめてルナやめて」
「やめない! 禿げろ!」
「もーっ!」
「むにゃっ!?」
負けじと両手を突き出したちびは、わたしの頬っぺたをぐにぐにと捻じり始めた。
「なにをふる! はらせ!」
「ルナこそ放してよ! 痛いってばー!」
「えったいにはらさない!」
「マクスウェル。そろそろ状況を進展させましょう」
高度な肉体言語で議論を戦わせるわたしたちを無視し、姉さんは老紳士の顔を見た。
「優れた味覚が必要な依頼。結局のところ、どんな仕事なのかしら?」
「依頼主は西大陸、メイガスランド王国の総務省」
「あら。お役所筋? 珍しいわね」
「ほうれふね」
頬っぺを魔手に蝕まれながらも、デキる女であるわたしは姉さんへの合いの手を欠かさない。
姉さんに『依頼』をしてくるのは、多くが金持ちの個人や企業や非合法組織である。国家や町などの合法組織から依頼を受ける事は、通常ほとんどない。
あったとしても、身分を明かさずに個人名で依頼をしてくる。昔ある国を単独で滅ぼしてしまった事さえあるという『災星の魔女』の力を堂々と借りる事など、公共の場に身を置く機関には後ろめたくて出来ないのだ。
「何かの罠、ではないでしょうね?」
寧ろ多くの国では、『災星の魔女』は排斥されるべき存在として忌み嫌われているのである。
「それならそれで、とても面白いのだけれど」
姉さんは唇の端を吊り上げるが、マクスウェルも自信に満ちた笑みで対抗する。
「正式な、国家としての依頼です。あらゆる情報網から裏は取れております」
「……アナタ本当に、欠点が無いのだけが欠点ね。たまには事実を見誤って、ワタシを窮地に追いやってくれれば面白いのに」
「申し訳ございません。貴女を楽しませたいのは山々ですが、仕事は手の抜けない性分でして」
お互い本音だろう。弟子入りして以来、わたしは姉さんとマクスウェルが何かで失敗するのを未だ見た事がない。命を狙われた事は何度もあるが、あわやこれまでかなんて思った事は、ただの一度もないのだ。
「まあいいわ。で、依頼の内容は?」
「やや詩的な一文が送られてきました。『アスクレウス伯の怠慢に終止符を』」
「……ああ」
姉さんは息を吐いた。
「なるほどねぇ。味覚ってそういう事。そりゃあ、魔女の手も借りたくなるわ」
「潮時でしょうな」
わたしは全然ぴんとこないが、姉さんとマクスウェルは既に何事かを知っているらしい。
「では、今回も依頼を引き受けられますね」
「ええ。返事をしておいて頂戴」
「船の手配も」
「明日の昼ごろ出発がいいわね。宿は任せるわ」
「畏まりました。お気を付けて」
それだけの会話で、二人の間では全ての段取りが済んだらしかった。
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