魂の差異
「……ところで姉さん、あの便箋には一体なにが書いてあるのですか?」
夕食が終わり、レイとの雑談の種もひとまず尽きた頃。
わたしは思いきって姉さんに訊ねてみた。
企業スパイが思わず自らの犯行を認める単語を口走ってしまう、一つの質問あるいは疑問文。
どのような発想の下に理論を構築すれば、そのような文章を作成できるか?
今までずっと桃色の脳細胞を駆使して考えたが、わたしの頭に妙案は浮かばなった。
「あんなものに大した意味なんてないわ」
姉さんは首を振る。
「それよりもルナ。アナタにはもっと優先しなければいけない宿題があるでしょう」
「えっ、宿題ですか? ……ああ、リカルド氏とシンシア嬢の違い、でしたっけ」
副社長のリカルドと娘のシンシアには決定的な差異がある、と姉さんは言っていた。
「そう。アナタが考えるべきは、ワタシの仕掛けた下らない茶番ではなく二人の違いの方よ。正確には社長のバラム=ウロボロスという駒が出揃ったから三人の違いね。ルナ。今日会った三人の中に、独りだけ仲間外れがいるのよ。それを見つけなさい」
「仲間はずれ……ですか?」
稀代の成功者にしてウロボロスダイン現社長のバラム=ウロボロス。その義理の息子であり副社長のリカルド=ウロボロス。その娘であり次期社長令嬢となるであろうシンシア=ウロボロス。この中から仲間外れを――姉さん曰く、独りだけ『魂の違う』者を見つける。
わたしは再び桃色の脳細胞を起動させる。
まず、年齢。――老人、壮年、若者の順。一人だけ浮いている者は見当たらない。
性別。――これは明らかだ。シンシアは一人だけ女性である。
利き腕。――リカルドは右利き、シンシアは左利き。バラムは――分からない。
性格。――これも正確なところは分からないが、イメージとしてバラムは老獪、リカルドは比較的温厚かつ常識人、シンシアはお転婆。ばらばらである。
趣味。――リカルドは武芸、シンシアは研究肌。バラムは――金儲け?
一通り考えたが、やっぱりよく分からない。一つだけ決定的なのは、シンシアのみ女性ということだ。しかし、それがどうしたと言われるとやっぱり分からない。
そもそもあの三人の中に一人だけ姉さんの言う仲間外れとやらがいるとして、それがどうしたって話なのである。
「血縁で言うと、バラム社長だけ仲間外れだね」
レイがいっちょまえに口を挟んできた。
「バラム社長が後継者候補として養子に迎え入れたのがリカルド副社長。で、そのリカルドとシンシアは実の親子。つまり親子三代でバラム社長だけ、直接の血は繋がってない」
「面白い所に気付いたわね、英雄さん」
姉さんは頷いた。
「流石だわ」
「さすがだな。まあその程度のことには、わたしもとっくの昔に気づいていたが」
わたしは即座に
「血縁。確かに違うわ。そのものずばりが答えではないけれど、良いヒントにはなる。そうね、ではもう一つ大きなヒントを出しましょうか。それは、彼らの見た目」
「見た目?」
姉さんの言葉を反復し、わたしは今日会った三人の姿を回想する。
バラム社長は、名経営者とはいえ寄る年波には勝てず枯れ木のような老人だった。落ち窪んだ瞳、痩せた頬、頭は総白髪。灰色のシャツに黒のズボンという質素な服装。杖を突いていた。
リカルド副社長はいかにもエリート企業人といった紳士。健康的に日焼けした働き盛りの肌。頭は微かな白髪混じり。ぱりっとしたシャツ、仕立ての良いジャケットにぴかぴかの革靴。確か手首には有名なメーカーの腕時計をしていた。
シンシア嬢は、蓮っ葉な性格から目を逸らせば麗しい少女。スタイルの良い肢体を包む紺のドレス。さらりとした金髪には何かの華を模した髪飾り。細い指先にはダイヤと思しき指輪。
――やはり、何もかもばらばらである。仲間外れである点を探せと言われれば、バラムは一人だけ服装が質素であるし、リカルドは暑い中で一人だけジャケットと腕時計を着用していたし、シンシアは一人だけ女性であるから髪飾りや指輪という装飾品で着飾っていた。
「……ごめんなさい姉さん。分かりません」
「そう。仕方ないわね」
わたしは屈辱の敗北宣言をした。
姉さんは、小さく首を振ったあとで頷いた。
「では、答え合わせをしましょうか」
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