原田チサ③ 1/2

 黒の上着にスカート。慣れないパンプスに苦労しながら坂を下っていく。大学を横目に通り過ぎながら、「メモリーガーデン」を母と二人目指す。


「もう九月だっていうのに暑いわね」


 ハンカチで汗を拭く母に対して、特に何も答えずに進んで行く。空は淀んでいていやに蒸し暑い。なにか良くないことが起こりそうな、不安な空模様に胸騒ぎを感じる。


「そういえば、こうして二人でお墓参りに行くのも久しぶりね。去年も一昨年も、命日の日はチサ、講義があったものね」

「……そうだね」

「久しぶりに二人で会いに行ったら智里ちゃんもよろこぶわ。きっと」


 智里おばさんは十年前に突然亡くなった。物心づいたときから憧れだった人の葬儀では、涙を流すこともなかった。ただただ受け入れられず、もしかしたらドッキリとか悪趣味なサプライズジョークなんじゃないかと思った。おばさんが火葬された後、火葬場からでる煙を見て、親戚の人たちは「きっと天国へ行けるさ」とか「成仏してくれよ」とかそういったことを涙ながらに言っていた。まるで映画やアニメのワンシーンのように、他人事として処理されたその光景にわたしは何を感じるでもなく、ただおばさんに借りていた小節を早いところ読み終えて返さないとなあと考えていた。

 シリーズものの1作目であったその小説の続きは、まだ読めていない。それはお守りか、あるいは呪縛のようにいつも鞄に入れて持ち歩いていた。

 多分、わたしは十年経った今でもおばさんの死を受け入れられていないのだろう。本当は墓参りにだって行きたくはないのだけれど、その理由を例えば母に追及されても上手く返答できる自信がない。


——チサとチサトってなんかコンビ名みたいだよね!


 おばさんがわたしと会うたびに言う言葉は、今でも鮮明に思い起こすことができる。底抜けに明るい性格のおばさんの言うこと、やること全てにわたしは影響を受けた。小説やゲーム、絵画、漫画、音楽。ありとあらゆることをおばさんは教えてくれたし、わたしもそれらを心底気に入ったものだ。おばさんはよく、「チサとは話が合うんだ」と親戚連中に言って回った。おばさんが喜んでいるのをみるとわたしも嬉しかった。

 わたしは何もかもをおばさんから教えてもらった。おばさんは常にわたしの進むレールの先にいて、道をつくってくれた。しかし、無限に続くと信じて疑わなかったその道は、行き止まりになってしまった。道を作ることのできないわたしは、行き止まりに到達しないように道半ばで歩みを止める他なかった。


「ほらチサ、お花。選んでちょうだい」


 母に促されて初めて自分が既に「メモリーガーデン」の中に入っていることに気が付いた。


「いいよ何でも。お母さん選んでよ」

「もう。じゃあコレと、コレ、いただこうかしら」


 花を受け取り進んで行く母に続いて外に出る。後ろにくっついて階段を下って右に曲がる。そして奥に進もうとすると、見覚えのある顔が反対側から歩いてきた。


「あらお久しぶりです。来ていたんですね」

「ああ、原田さん。ええ、今日は命日ですから」


 言いながら、母の後ろにいるわたしに気が付く。


「……原田?」


 先生は驚いたような、しかしどこか合点がいっているような、そんな顔をしていた。

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