実験体1号② 2/2

 結局先生はそのまま出かけて行った。

自然な睡眠以外で意識を奪うと何が起こるかわからないから、という理由で研究室に放置されたあたしは、さて何をしたものかと途方に暮れていた。しばらくは本棚にある本を読んで過ごした。ページをめくる触感や紙にしみついたにおいは心地よかったが、既に知っている内容ばかりだったのですぐに飽きてしまった。


「……しかしまあ、殺風景な部屋ね」


 ベッドに腰掛け、研究室をぐるりと見まわす。そういえばちゃんと見るのはこれがはじめてだ。白い壁に囲まれた空間には、机とPCと本棚、それと今腰掛けているベッドを除くともうたいしたものはなかった。PCにはゴテゴテとしたヘルメットがつながっている。

 部屋の中にあるもの全てが、恐ろしいほどきっちりと揃えられていた大きな物は全て壁沿いに位置するように計算されているし、立てかけられている本は高さまでぴったりだ。

なんとも無機質で、無感動であるように思う。それほどまでに歪さが徹底的に排除された空間だ。


「よ……いしょっと」


 ベッドに面した窓を開けて、空気を入れ替える。外から流れ込んでくる風が髪をたなびかせる。息苦しい室内が一気に健全なものに変わったような気がした。

 それにしても先生もチサも全然構ってくれないものだ。チサはともかくとして、先生はあたしに対してもっと熱心になっても良いのではないだろうか。

 ——それとも、先生にとってあたしは別段大事じゃないのだろうか。

 ……なんて、考えすぎだろうか。


「こういうのって、メンヘラって言うのよね……」


 その呟きに呼応するように、カタン、と何かが机の上から落ちた。

 窓を開けて風が入ってきたからだろうか。とりあえず、それを拾いに机の方へ向かう。

 拾ってみるとそれは写真立てであった。若い男女が写っている。男性は恐らく先生だろう。女性は……知らない人だった。

 写真立ては机と本棚の隙間から落ちてしまったようなので、元々あったであろう位置に戻す。

——あれ?


 何か変じゃないか。どこか奇妙だ。先生の机は、座った身体の正面が壁を向くように設置されており、その両脇から本棚が並んでいる。右側の左側ぴったりと机に本棚がくっついている。今度は机に面していない方を見る。するとたしかに、隙間があるのだ。机の左側に面している一つの本棚と壁の間にはほんのわずかに隙間がある。

 病的なまでにきっちりと揃えられた空間において、その隙間は違和感という言葉で片付けられないほど異質だ。好奇心も相まって、本棚を動かす。本棚が壁につくと、今度は机の左側に隙間ができる。そうしてできた隙間、そこにはケースハンドルの取っ手があった。


「うそ……これ、隠し扉ってやつじゃん!」


 退屈だと思っていた部屋に突然興味が湧く。その部屋の中を調べようと、腕を入れて取っ手を回し、ドアを奥へ押し込む。隙間に身体を入れるようにしてドアの向こうへと入った。

 そこには一つの箱が置いてあった。多分段ボール箱だ。暗くてよく見えないが、新品とはいえないし、蓋もされていないということはわかった。何かを入れるために使用しているのだろう。

 何かが入っているかもしれない、という事実にはそそられる。ましてこれは恐らく先生の「隠し事」だろう。となれば、何が入っているか見なければ。


 段ボールに近づいて、中を見る。触ってみると、ぶよぶよしていたり、かと思えば角ばっていたり、場所によってはぬめぬめしていたりと、とても一言では言い表せない。

 かなりの大きさであるソレを箱から全て取り出し、床に置く。目がようやく慣れてきて、それがなんであるかをようやく認識できた。


「これって……」

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