新田ハジメ⑥

 何もかもが上手くいっているはずだった。意思を持つ人形の開発、安全装置の発動。そして何よりもその「意思」に手を加えられるということ。


 絶対に逆らわず、必ず予想できる範囲内でしか挙動することのない完璧な人形。

 死なず、老いず、常に自分と寄り添ってくれる完璧な「智里」を創り上げたはずだったのに。


 ——俺は一体、どこで間違えた?


⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷


 智里は、足元に倒れているソレを見下ろし、ただ茫然としている。ぴくりとも動くことはなく、うなだれた状態のままである。


「……智里の様子がおかしい。チサ、様子を見てきてくれないか」

「わかったわ」


 チサが近づいてきたことはわかるのか、智里は力なく振り返り、チサの胸に顔をうずめるようにして倒れこんだ。智里を丁寧に抱きかかえたチサがこちらの顔をうかがう。


「……連れてきてくれ」


 その言葉通りチサは智里に肩を貸すようにして戻る。智里もまったく機能がおかしくなってしまったわけではないようで、たどたどしいながらもチサと足並みを揃えていた。ようやく近くまでたどり着いた智里はなにやらブツブツと呟いている。


「ずっとこんな調子です……」


 チサが心配するのも仕方ない。それほどに智里の目は虚ろであるし、口元は緩んでしまっている。呟いている言葉の内容もよく聞き取ることは出来なかったけれど、その手がガタガタと震えていることからもただ事ではないとわかる。


 ちらりとチサに視線を向け、流石に負荷が大きすぎただろうかと少し後悔しかけた。

 しかし概ね実験は成功している。智里はその鋭敏なセンサーを以てして、なおもチサのオリジナルをその手にかけたのだ。


 それはつまり、今この場に立っているチサこそが本物であると言っても差し支えがないということである。


 そうだ。不老不死という夢物語を、俺はついに現実のものとしたのだ。

 やり遂げた。成し遂げた。

 あとは智里の問題を解消するだけだ。


 迷いを払うように自分に言い聞かせ、三人で隠し部屋から出る。智里は相変わらず、だらりとチサにつかまっている。死体の処理は後回しにしておこうと、取り急ぎ本棚を元の位置に戻すことにする。それで二人から目を離した——まさにその瞬間だった。


 あまりに大きすぎる負荷の為にほぼ全ての機能が低下していたはずだった智里は、チサの手を振りほどくと真っ先に装置に向かった。精密に繋がれた配線をどれもこれも取り払い、その本体を手に取った智里を止めようとしたけれど間に合わない。


 智里は窓を開けると、本体を持ったまま飛び降りた。

九階建ての最上階。地面はコンクリートだ。落ちれば装置はもちろん、智里だって無事では済まない。

目の前に広がっている光景がまるで信じられない。

 これは幻覚か、あるいは悪夢か——。


「さよなら」


 落ちる直前そんな言葉を聞いた気がした。窓から入ってくる風が俺とチサの髪をなぜる。


肉と機械の爆ぜる音が聞こえた。

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