実験体1号③ 1/2
ドアの開く音だ。研究室の中に誰かが入ってきた。
「サチ!」
あたしに呼びかけたのは、チサだ。どうしてチサが研究室に来たのかという疑問はひとまず置いておこう。状況はあまり良くない。あたしは本棚の裏にある扉を抜けた先にいる。チサはまだあたしにも扉にも気が付いていないようだけれど、あたしがいないということを不審がるだろう。部屋をくまなく探して、扉に気が付くのも時間の問題だ。
しかし別に見つかることは問題ではない。チサに対してビクついてコソコソと隠れる理由はないのだから。そんなことよりも、足元にあるものについてチサに話すべきであるかどうかということが問題であるのだ。
「いないの? サチ、どこに行ったの?」
姿は見えないけれど声を聴くに、チサは戸惑っているようだった。あれこれ考えている時間は無い。とっさに「隠そう」と決めたときには既に行動をし始めていた。隠し部屋の中を入った時の状態に戻す。ちょうど作業が終わった頃に、チサが隠し部屋に入ってきた。
「そこにいるのは誰? ……サチ?」
隠し部屋の中は暗く、入ってきたばかりのチサは目が慣れていないためよく見えないのだろう。物音をきいて気配を感じ、尋ねてくる。
「チサ! どうしたの? 今日は来ないって聞いてたけれど」
「……いや、ちょっとね。それよりも今、何をしていたの?」
緊張が走る。感づかれてはいけないと思った。チサと先生があたしに内緒でアレを作っていたことも考えられる。その存在に気づいたことが知られたら……なにかマズいような気がする。
「そうなの! 研究室の中にこんな部屋があったなんてびっくりしたわ! チサは知ってた?」
少し興奮したように。あたかもこの空間はたった今見つけて、自分も入ったばかりであるように話す。
「……いや、わたしも知らなかったよ」
「そうなのね! でも先生が帰ってきたら叱られるかもしれないわ。そろそろ帰ってくる気がするの。だからまた今度改めてこの部屋を調べた方がいいわ」
「わかったよ、そうしよう。でも一つだけ気になることがあるのだけれど、それについて質問してもいいかな?」
「……え、ええ。何かしら」
「別に些細なことでさ。ほんのちょっぴり不思議に思ったから尋ねるんだけど。わたし実はこの部屋に入る前に物音をきいたんだ。ガサゴソ、スー、って。何かを箱にしまって移動させてるような音を聞いて、この部屋の存在に気が付いたんだ。中にはサチ、あんたしかいないんだ。つまり、物音をたてたのはあんたってことだ。」
しまった。予想以上に物音は響いていたのだ。少しだけ音を出してしまっていた。
「サチ、あんた何を隠した?」
チサが中に入ってくる。マズい。すごくマズい。
「そこに段ボールがあるよね? 中を見ても良い?」
暗闇に目が慣れたのだろう。チサが部屋の中にずんずん入ってくる。見られるわけにはいかない。チサがアレに関わっていても関わっていなくても、状況は悪くなってしまうに違いないのだ。
「せ、先生がそろそろ帰ってくるわ! はやく研究室を元に戻さないと——」
「心配しなくても大丈夫だよ。サチ。先生はまだ帰ってこないから」
チサはなおも段ボールに近づいていく。無理やり止めようとしても、チサを傷つけないようにプログラムがはたらいてしまう。
とうとうチサは段ボールに辿り着いた。中を覗き込む。
「なにこれ。ちょっと外に出してみるよ」
ダメだ。出してはいけないと言うことはできない。そんなことをしたら初めにとぼけたことをチサは訝しむだろう。チサがアレに関わっていたらアウトだ。何をされるかわからない。
「……何、これ」
しかしどうやらチサは何も知らないようであった。アレを見て、あたしがそれを見たという事実よりもその存在そのものに衝撃を受け、言葉を失うということはそういうことだ。そして後悔する。そうであったなら何としてでも止めるべきだった。最悪だ。
両膝をついたまま呆然とするチサの目の前には、チサの身体が横たわっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます