原田チサ④ 2/2
せっかく意を決して切り出したというのに、母はいたって普通だ。曖昧にから返事をして、パクパクとカレーを頬張っている。
「ねえってば」
じれったいのでもう一度尋ねる。今度ははぐらかされないように、もう少し核心をついてみよう。
「……先生は、智里おばさんの夫だったんだよね」
「そうだけど……。だったらどうしたっていうのよ」
やっぱりだ。先生と智里おばさんは結婚していた。夫婦だったのだ。
「別に。ただおばさんはどうして先生と結婚したのか、ちょっと気になっただけ」
「なによそれ。帰ってきてからやけに新田さんのこと気にしちゃって、まさかチサ、気があるの?」
母は冗談めかしたように言って笑う。
「あは、そんなわけないじゃん」
「そう……そうよね」
「それで、おばさんから当時の先生のことについて何か聞いたりしてないの? あるじゃん、姉妹で恋バナとかさ」
「チサ」
先生について探ろうとしたわたしの言葉は、母の言葉に遮られる。先刻まで笑っていた目目が、じっとこちらを見る。
何かマズいことでも言ってしまったのだろうか。冗談でも笑えない空気が一瞬にして広がる。
「……新田さんについての話はもう終わりよ」
その言葉を最後に、わたしは母に何も聞くことができなくなってしまった。
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その夜はなかなか寝付くことができなかった。真っ暗な部屋の中で考え事をしていると、時計の針のチクタクと動く音がいやに気になって仕方がなかった。目を閉じると、今日の出来事が断片的に思い出される。
わたしの身体。サチの涙。母の態度。先生の謎。
考えれば考えるほど、わたしが何も知らないということだけがわかっていく。自分の知らないところで何か大事なことが進められていくような不気味さを感じながらも、しかしそのうち意識は奪われていった。
サチは大丈夫だろうか。
薄れゆく意識の中で、そんなことを考えたような気がした。
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——夢をみていた。
わたしは泳いでいる。気が付いた時には進んでいた。前、右、上、後ろ。どうやって進んでいるのかはわからなかった。もしかしたらわたしは進んでいるのではなくて、漂っているだけなのかもしれない。
進む。進む。進む。
どこに向かっているのかもわからない。
進む。進む。進む。
何のために進んでいるのだろう。
進む。進む。進む。
——見つけた。
わたしの身体。
わたしはそこに入り、そして動き、歩き出す。
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