原田チサ④ 1/2
廊下に出る。階段を下る。門をくぐって敷地外へ。その間自分が何を考えていたのか、はっきりとはわからなかった。
考えがまとまらない。わたしはサチに……何をしに来たんだっけ。
「チサ! 待って!」
呼び止められる。振り返る。そこには「人形」が一つ、息を切らせながら立っている。
「どうしたの、やっと泣き止んだってわけ? ……何よ」
「チサっ……。あたしは——」
「待って」
「…………!」
「……先に説明してもらっても良い? あの人形は何なの」
「アレは……」
言いよどむ。言葉に詰まる、ということはつまるところ、やましいことがあるということなのだろう。
……もう、信用なんてできないか。
「チサ、その前にあたしの話を聞いて」
真っすぐこちらを見据える。人間であるわたしはついその迫力にたじろぐ。
「あたしは確かに人間じゃあないわ。それはチサの言う通り。あらゆる事象に対してただ与えられたプログラムによって推測された感情……のようなものを現しているだけのただの人形」
「……だったら何だって言うの」
「あたしの中にあるプログラムの元になっているもの……それはチサ、あなたの記憶よ。チサが長い時間をかけて蓄積してきた記憶の上澄み——感情はあたしの中にプログラムとして存在しているの」
なんなんだ、さっきから。
うるさい。
わけがわからない。
人形は話を続ける。
「チサ、だからあたしはあなたが今不安と絶望の暗闇の中にいることがわかるの。……逆の立場だったらきっとあたしもそうだった」
記憶が感情の元? わたしの感情がプログラムになっているだって?
そんなの——馬鹿げている。
「馬鹿げてないわ、チサ。これが真実なの」
「……っ!」
わからない。わからない。目の前には内面がわたしにそっくりな人形。さっきいたのは外見がわたしそっくりな人形。
——じゃあ、わたしは?
「……結局、あの人形はなんなのよ」
「わからない」
「嘘」
「……信じられないでしょう。きっとそうだと思っていたわ。だからせめて、これだけは信じて欲しい。あたしは先生から、あの人形についての情報を探るわ」
髪を触られる。いや、撫でられている。人形は後頭部から首筋に向かって何度か撫でおろす。ひやりとした感触。少し気持ちいい。
「ばいばい、チサ。次に会うときも必ず、黒糖ミルクティーを飲むわ」
わたしが顔を上げるとそう言って、人形はくるりと反転して歩き始める。
「気に入ってたんだ……」
立ちすくむわたしの呟きは、たぶん聞こえていないだろう。
⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷
この一日で得た情報を処理しきれず、半ば放心状態で家に帰ったわたしは母に出迎えられた。
「もう帰ってたんだ」
「ええ。それより大丈夫? 濡れなかった?」
「大丈夫。雨が降ってたときは部屋の中にいたから」
もちろんそこでわたしと寸分もたがわない人形を見つけたなんて言えるわけがないけれど。
「先生、わたしについて何か言ってた?」
「……チサはとっても熱心に講義を聞いてくれるって、そう言ってたわよ」
「そう……」
自分の部屋に入り、上着を脱ぐ。ハンガーにかけるのも煩わしく、ベッドの上に放り投げた後自分もそれに続いた。
——記憶、そして感情。
そういえば先生の講義でそんなことを話していた。
私たちの感情は全て、それまでの経験——記憶から生まれるとする。わたしたちはそれぞれ異なる経験や記憶を蓄積していくので、感情や性格に差異が生まれると考えられる。
だいたいこんな感じの内容だった。
——じゃあ、わたしは?
……わかっている。きっとわたしは認めたくないだけなんだろう。わたし自身が「人形」であることを。
「ごはんよー」
「はあい」
母に呼ばれ、食卓につく。
研究室で見つけた人形。それについて少なくとも先生は確実に携わっている。だったら探る価値があるだろう。そんな先生と関係のあったおばさん——わたしのオリジナルがどういった人であったのか。
「お母さん」
カレーを一口食べ、水を飲み、腹を括る。
「智里おばさんと先生は、どういう関係だったの」
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