実験体1号② 1/2
——眠っている間の事は、よくわかっていない。洪水のように流れてくる無数の情報をひたすらに処理していく。自らの意識はそこにない。サチであるときとは違い、ただ機械的に無感情に、ゼロと1の羅列で構成されたモノの中を泳いでいく。先生の顔がみえる、チサの顔も。
——特別な人。
あたしにとって特別な二人。特別ということがどういうことなのかはよくわからないけれど、刻み込まれた本能のようなものが、とにかく特別なんだとそう認識させた。理由は……やっぱりよくわからない。
今日の出来事がリプレイされる。先生とサチに出会って、渋谷に行って戻ってくるまで。黒糖ミルクティーは甘かったし、タピオカはもっと甘かったけれど、だからどうということもなかった。同じ映画をもう一度観て、チサに撫でられて——あたしはその手を握った。
どうして?
そんな疑問を抱いた気がするけれど、すぐにかき消されてしまった。
目を開けると夜が明けていた。先生はあたしが起動したことを確認すると椅子から立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。
「おはよう、サチ」
「ええ、おはようございます」
先生はほっとしたようにうなずき、「ああよかった」とため息をつく。どうしたのだろう。少し気になるけど、とりあえず起き掛けなので顔を洗わないと。それから朝食もとらないといけない。
「サチ、どうだ、異常はないか?」
マーガリンとジャムを塗ったトーストを朝食にむしゃむしゃと食べながら、先生は不安そうに尋ねた。
「異常もなにもないわ。昨日と同じよ」
「あ、ああ。それならいいんだ。安心したよ」
「それより、チサは今日いないの?」
「原田は用事があるとかで今日は来られないらしいんだ」
チサがいないとなれば、あたしはこの研究室から出ることすら許されないだろう。やりたいと思っていたことが全てできなくなってしまった。
「そう落ち込むな。俺も今日は出かけるから、留守番しててくれ」
「先生もいないとなると余計に落ち込んでしまうわ。それなら起動しないでおいてくれれば良かったのに」
ふくれるあたしをよそに、先生はパンを平らげて牛乳を飲み干す。
「まあそうなんだけどさ。理由はちゃんとあるんだぜ」
「あたしを退屈させても良い理由ってなによ」
先生はバツが悪そうに頭を掻いた。
「……不安だったんだよ。昨日のことは夢だったんじゃないかってさ」
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