新田ハジメ⑤ 2/3
昼休みだけあって、学食は異様に混雑していた。普段人ごみを避けているため、さすがに参ってしまう。
「別にわざわざここで食べなくてもいいだろ」
「まあまあ、そう言わずに。ここのからあげ丼は絶品なんだから」
智里は俺の意見などはなから聞く気がないようで、うきうきと小銭を取り出して食券販売機の前の列に並んでいた。その後ろでため息をつきながら、野菜炒め定食を頼むことに決めた。
「これこれ、これよ! なんでこんなに美味しそうなんだろう!」
「……そんなにか?」
「からあげ好きなのよ。キミは嫌い?」
「別に、興味ないね。それより本題に入れよ。なんでお前は俺に近づいてきたんだ」
リスのように頬張る智里に尋ねた。正直、早いところ雑音まみれの空間から脱したかったのだ。大量の学生たちによる話し声はもはや騒音の域に達していた。
「お前じゃない。智里。名前があるんだからちゃんと呼んで欲しいな」
「お前だって俺のこと名前で呼ばないじゃないか」
「じゃあ、ハジメくん。わたしは、智里。オーケー?」
「…………」
「チ・サ・ト!」
「わかったよ。智里」
これ以上反論しても話が進まない。素直に受け入れて話を進めた方が良いだろう。
「それで、結局何なんだ」
「……つーん」
「……智里」
「よしよし」
「話さないんだったら帰るぞ」
「まってまって! ごめん! 話すよ!」
智里は立ち上がろうとする俺の腕を掴み、縋るように制止を促した。誰もが目を引くような美人がそんな行動をすれば、当然注目を集める。
そんなに目立つのはごめんだ。そう思った俺は再び席に着いた。ここに来てしまった時点で智里の話を聞かないと帰ることは出来ないのだと、はじめて理解した。
「……ハジメくんは、他の人。例えば同級生とか、先生とか。どんな風に思ってる?」
智里は案外しおらしく尋ねた。それまでの爛漫とした厚かましさはなく、どちらかというとその顔には不安がよぎっていた。
どうしてそんなことを訊くのか、というのは愚問だろう。その質問に対する俺の返答が自らの意に沿うものであるだろうと感じたから、智里は俺に話しかけたのだ。
「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだと思うよ。絶望的なほどに」
「やっぱり!」
普通なら敬遠されるだろう俺の返答を受けた智里の顔は、しかしぱっと明るさを取り戻した。
「絶対そうだと思った!」
「なんとなく、か?」
「……ごめん、それ半分ウソ。なんとなくそうかなって思ってハジメくんのこと目で追ってたら、その、見ちゃって」
「見たって、何を」
「……クマを。それでハジメくんが、もしかしたらわたしと一緒なんじゃないかって思ったの。えっと……ほら!」
智里は鞄からウサギのぬいぐるみを取り出し、それで合点がいった。
智里は俺と同じような考えを持っているのだ。誰のことも認められず、誰からも認められず、ただ生きにくいだけの世界を孤独にさまようだけの苦しみを、智里は知っているのかもしれない。
高揚感を感じたのはそれまでの人生で初めてと言ってよかった。胸の鼓動が速くなり、身体が熱くなる。
智里の言葉を借りるならば、なんとなく。智里は本心を話していると感じた。そうでなければそこまで興奮しないだろう。
雑音、喧騒。もはやそんなこと気にならないくらいに、智里の声が鮮明に聞こえた。
「……ハジメくんならわかるかな。まだ気づいてないのかもしれないけれど」
智里はそう言うと、手に持っているウサギのぬいぐるみを鞄の中に放り投げた。そのぞんざいな扱いに思わず言葉を失う。それは俺にとっての彼のような存在ではないのか。唯一気の使わなくて済む存在であるはずのぬいぐるみを——
「繕わなくていいんだよ。ハジメくん。キミはもうわかっているはず」
智里は絶句する俺に向き合った。そして俺の鞄に手をかけ、彼を取り出すとあろうことかその頭を片方の手で握りつぶした。
今度も俺の身体が動くことはなかった。それは驚愕したからでも、恐怖したからでもなく、ある一つの事実に気が付いたからだった。
握りつぶされている彼を、俺はいくら見てもただのぬいぐるみであるようにしか思えなかった。
「これでわかった? わたしたちはどこまでいっても孤独なの。こんなぬいぐるみに救いがあるわけない。わたしたちは誰とも理解し合うことなく、ただ一人で。猿の群れにうずもれるだけなのよ」
智里が手を放し、彼が机の上に落ちる。しかしそんなことはもはやどうでもよかった。——否、あれほどかけがえのない存在だったはずの彼についてどうでもよいと思ってしまう自分を疑問に思うことが無かった。
それほどまでに、次に智里から発せられた言葉は強烈なものであった。
「さて、じゃあ本題です。——不老不死って、興味ない?」
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