インターミッション(3)
ムカデ案件から三当直後。一般人の観点からすれば、約一週間後の当直日の夜、大路隊の三人は、当直室に集まっていた。
当直室といっても、PCが2台、無線が1台、事案把握用のモニターに、外線電話が2台備えられているだけの事務室である。
広さも三人入れば、もうおなかいっぱいという案配である。
テーブル上には、大路が買ってきたするめいかが広げられている。その他、ビールや缶チューハイとしたいのが、全当直員の願望ではあったが、そこはそれ、仕事として就いているのであり、大路はコーラ、五条は緑茶、高円はミネラルウォーターのペットボトルをそれぞれ自分の前に置いていた。
「この一週間は出てないねぇ」
「大路くん、出てほしいの?私は嫌よ。出るなら他の当直班にしてほしいわ」
大路と高円は入隊時期で言えば同期である。今は班長と班員との関係であるが、それが出世の差かと言われると、それほど大した差でもない。
特に班長に敬意が払われていない大路隊においては、その特徴が顕著である。
「ムカデの調査結果、今日出たんですよね」
この一週間、五条はろ号の調整と整備の支援にかかりっきりで、そうした情報にはほとんど触れていない。逆に言えば、ろ号の正式公道配備に関する成り行きについていえば、五条は隊内でも、かなり詳しい部類に入っている。今のところ、五条以外のパイロットがいないからだ。
「研究所の同期に聞いたんだけど、遺伝子組成のほとんどは実際のムカデとおんなじらしいよ。体の組織細胞も大きくは差がないみたいだし」
大路は右手に持ったスルメをしきりにかじっている。
「ただ、個々の細胞の寿命やサイズに関する部分がぶっこわれてるっつうか、オリジナルと違いすぎるっつうか、そんな感じらしいよ」
「じゃあ、これまでのやつとほとんど結果同じじゃない」
高円はこの話題に、すでに飽き始めているようだった。
巨大生物がこの地球上に初めて姿を現してから、早数年。当初は人々もその登場に驚き、興味を抱き、その根源の解明にやっきになったが、いまやそれも一部の人間だけとなった。
人々の興味は移り、いまや巨大生物は、局地的な自然災害程度にしか捉えられていないのが現状である。
「ま、そうだねえ。個体の研究から全体が見えてきたことは無かったから、今回も期待薄かな」
「でも、猿沢池の特別調査もあったんですよね」
五条は緑茶をぐいと飲んだ。
「そっちは継続調査中。短期間での同一場所出現は国内でも事例が少ないみたい。県から国に話があがって、別途調査班が組まれるみたいよ」
そこまで話して大路は、五条がなおも怪訝な顔をしているのに気づいて
「ほら、五条クン、ボクたちの仕事は現場現場。出てきたやつをぶったたくのがお仕事だヨ。難しいことは偉い人に考えてもらいましょ、ネ?」
五条は一応うなづいて見せた。
五条にとって巨大生物は、この防衛隊に入った最大の動機である。大学生当時、たまたま対象発生現場に居合わせ、防衛隊の活動を目の当たりにした彼にとって、防衛隊は巨大生物から人類を守るヒーローであった。
五条は自分がヒーローになりたいとは思っていなかったが、少しでも防衛隊の仕事に力を尽くしたいと考えていたら、就職の選択肢は自然とそれが第一候補となったのだ。
そして五条は見事採用されたのである。
飲むべき緑茶も、食べるべきスルメも尽き、五条は整備工場の様子を見に行くことにした。巨大生物の謎は気になるが、文字通り自分の手足となって戦ってくれる「ろ号」の調整はいくらやっても上限はない。
整備工場では当直の御所が「ろ号」の足下で作業をしていた。
直立歩行型のものはロボットにしろ人間にしろ、足下に故障が多いというのが業界の定説らしい。
「御所さん、こんばんは」
「あら、五条くん、また感覚調整にきたの?」
「ええ、まあ。やったらやっただけ、ろ号がうまく動いてくれると思うと、なんだかうれしくって」
「そうね、この子も喜ぶわ」
御所を始めとして、整備班の面々はろ号を擬人化して扱う傾向が強い。五条にもその傾向はあるが、現場対応班ではかなり珍しい部類である。
「そういえば五条クン、メーカーから追加機体がくるって話、知ってる?」
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