インターミッション(8)

 追加のろ号は2機。

 大和の構想では、八木隊及び桜井隊に1機ずつ配備し、どの当直でもろ号の運用を可能とするのが目標である。

 当初、ろ号については当直班所属にするのではなく、各班が3機全てを運用して、当直ごとにパーソナルデータを書き換えるという案もあった。

 しかし、これは整備班の強い反対にあって却下となった。

 ろ号の人工筋肉は、各人の脳波データを変換し、ろ号神経系を通して伝えた電気信号によって稼働する。

 よって、搭乗者の脳波パターンをろ号の電脳に記録させる必要があるのだが、これが同時に複数の波形を記録することがどうしてもできなかった。

 厳密には、記録することは可能なのだが、2つ以上の波形を記録した「ろ号」は起動しないのだ。

 理論的には可能なはずのことが出来ないことについて、設計したメーカー側は、「仕様」として主張しており、それ以上の情報が提供されなくなっていた。

 かかる状況から、1機のろ号を複数人で運用するには脳波パターンの書き換えが必要となるのだが、これには多くの時間と多大な労力が必要となるため、整備班の強い反対にあった、というわけなのである。

 もとより、大和は1班での3機運用には反対の立場であった。

 対象生物との戦闘は、二種装備(ろ号)のみによって遂行できるものではなく、指揮要員、支援要員等の体制があって完遂できると考えていた。よって、技術面から、1班1機体制が進言されたことは、大和にとっては追い風であった。

 無論、1班1機体制に決まったからといって、整備班の負担が少ないかと言うと、そうではなかった。

 新規配備のろ号の調整は、五条の時のノウハウがあったとはいえ、やはり難航していた。

 このとき、調整の中心となっていたのは御所であった。

「葛城さん、左足あげてみてください」

「あいよ、ほりゃっ」

「ちょっとちょっと上げすぎ上げす・・」

「うわわわっっとと・・」

 葛城の操縦する「ろ号」は左足をバレリーナのように高くあげ、そのまま右方へ倒れ込みそうになった。

「よいしょっ、っと」

 すかさず、隣にいたろ号が葛城ろ号を左手で支える。桜井隊の三輪が操縦する機体であった。

「葛城さん、大丈夫?」

「いやいや、三輪ちゃん、悪ぃね」

 葛城は三輪ろ号の手を借りて直立姿勢へと戻った。

「こいつ、なかなかやんちゃな奴でさあ。五条の野郎はよく動かしてんな、ほんとに」

「ほんと。五条くん、搭乗適性で一番だっただけありますよね。これで戦闘まで持ち込めっていうのは、私にはまだ無理かなー」

「まぁ、わしらはボチボチいこうや」

「そうですね」

 ここのところ、葛城・三輪の両隊員は、非番公休返上で、習熟訓練に取り組んでいた。

「この子たちは悪くありませーん。私たち、大の大人が導いてあげないといけないんです」

 トラメガから御所の声が聞こえる。

「これでも一応、習熟訓練課程は8割終えてるんですからねー。出動要請かかったら、出なきゃいけませんよー」

「おうおう。嬢ちゃん、こわいこわい」

 葛城はコックピットで笑っている。

「お給料はもらっとるからな。しっかり働くぜえ・・・ん?休みの日に出てきてる分、残業つくんだよな?」

 整備班内に笑い声が響いた。


 研究部では、徹夜明けの三郷が作業を続けていた。様々な試薬を使い、その成分の特定を行っているが、進捗は芳しくない。

 三郷は、虹色水のサンプルを立方体の携帯容器に入れ、持ち歩くようになっていた。

 食事の時、休憩の時、ベッドに入っている時、トイレにいる時、様々なときにそれを取り出しては眺め、新しい分析手法は無いかと思案に没頭していた。

 この日は、研究部にいるのが気詰まりになってきたので、隊内を散歩しながら眺めていた。

 三郷が、整備工場に入ったとき、そのアクシデントは起きた。

「うわわわわっぅっとと」

 葛城の機体が前傾姿勢となり、両手は宙を泳いでいる。

 隣にいた桜井機が、とっさにその腕を掴もうとしたが、葛城機の動きにつられる。

「あぶないっ!!」

 近くにいた御所が叫んだ。

 容器を凝視しながら歩いていた三郷は、その声でふと視線をあげると、右側方から、ろ号2機が倒れこんでくる。

「・・うわっ」

 三郷は背中から強く押されて、前方へと押し倒された。

 高円だ。

 三郷の後ろから高円が体当たりし、両名は前方へ倒れ込むこととなった。

 次いで、ろ号が倒れ込んだ衝撃が伝わってくる。整備工場が揺れている。

 数秒後、静かになった工場内では、状況を確認する整備班員の怒号が飛び交うようになった。

 三郷は両腕にうずめていた頭を上げると、辺りをキョロキョロと見回した。

「あんた、大丈夫?」

 三郷の足下から高円が声を掛けた。

「・・うん、大丈夫」

「た、たまたま、後ろ歩いてただけなんだからね。私がいて、ほんっとラッキーよ、あんた」

 高円がこんな時でも顔を赤らめながら言ったが、三郷の耳には届いていない様子であった。

「・・・あれ?」

 三郷は、さっきまで握っていたはずの容器が無いことに気づいた。

「ど、どこに」

 三郷が後ろを振り向くと、さっきまで自分がいた位置にはろ号2機が倒れ込んでいる。よく見ると、葛城ろ号の機体の下に、容器らしきものの破片が散らばっていた。

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