インターミッション(1)

 猿沢池から帰隊して45分後。

 興福寺境内に設けられた防衛隊本部の隊長室には、左足に重心を乗せた大路と、顔がまだすす汚れたままの高円が直立不動の姿勢で立っていた。

 隊長室は約6畳。デスクと少しだけクッションの効いた椅子。壁際にはローチェストが置かれ、その上には写真立てがいくつか並んでいる。卓上にはモニターが2面置かれ、ろ号が録画していた先ほどの戦闘状況が映し出されている。

「ぶあっぁかもおおん」

 あごひげが特徴の男は、防衛隊隊長の大和。いぶし銀の男である。褐色にやけた肌に坊主頭。(はげあがっているとも言う)口周りには固そうなひげが備わっている。眉間にはいつも皺が寄っており、隊員達の間では、世界の裏側の危機であっても、隊長が心を痛めているのではないかと噂されるほどである。

「あっれえ。てっきりボクたちほめられると思って帰ってきたんだけどなぁ。ねぇ、高円ちゃん?」

「私に話をふらないでください。す・べ・て・大路先輩の命令でやったことです」

「えー、冷たいなぁ。高円ちゃんは。」

 大路は全く悪びれるようすもなく、両手を顔の高さまで上げて首を振っている。

 大和はうつむきながら頭を掻いている。そこ髪など無いのだが。

「とりあえず、あれだ。始末書だ。始末書書いておけ。司令官にはオレから説明しておく」

「へいへーい」

 大路の軽い返事に大和の鋭い眼光が寄せられる。

「あ、はい、了解いたしました!大路、ただちに始末書作成に取りかかります!」

 大路はしゃちほこばった敬礼を返すと、そそくさとその場から離れていった。

 高円もそれに続くかと思われたが、あごに人差し指をあてながら、

「隊長、「ろ号」のことなんですが・・」

 高円が言い終わる前に大和は

「その話はせん。僧兵装備開発にはあまり踏み込むな。装備は使えるか使えないかだ。深く考えるな」

 いら立ちから凄味に変わった大和の様子に高円は質問を取りやめた。

「あ、じゃあ、ワタシも失礼しまーす」

 大和は二人が立ち去るのを見送ると、これから上層部に報告をする自分を想像して大きなため息をついた。


 「ろ号」の背面部につけられたドアが上下に大きく開くと、汗でぐっしょり濡れた五条の背中が現れた。

 その背中に整備工場の油臭い空気が触れる。

 その空気は本部内の他の部屋に比べれば格段に暑く、湿度も高かったが、それでも「ろ号」に乗り込んでいた五条にとっては、高原の涼風に等しかった。

 五条は、右、左の順で「ろ号」から腕を引き抜くと、ついで右足、左足と機体から抜き出した。

 ひとつひとつの動作が重い。

 「ろ号」の人工筋肉の支援を受けるとはいえ、全力での実戦稼働はかなり身体に応えたようだ。

「せがえrjぎあがkdflが」

 五条が言葉にならない声をあげて、「ろ号」から脱出すると、整備隊員の御所ごせが近づいてきた。

「おつかれー、とんでもないことやってきたねぇ」

 五条は御所から差し出されたスクイズボトルを受け取ると、ストローから数百ml一気に飲み込んだ。モンスターエナジーが疲れた身体に染み込んでいく。

「御所さん、すいません、ありがとうございます」

「いいのいいの、それ親睦会費から引いておいてもらうから」

 御所はにっこり笑顔をうかべると続けて

「動作試験が全部終わってるとはいえ、最初の公道作動が実戦とはねー。大路くんも考えることが違うわ。当直のタマさん怒ってたよ。『ワシのしらん間になんちゅうことを!』って」

 御所はニヤニヤが止まらない。

「この子はうーんと、そうね」

 御所はろ号をぐるりと見てまわると

「よくがんばった分あちこちの筋肉に無理がきてるみたい。ちょっとメンテが必要ねって、五条くんもか」

 五条はその場でへたりこみ、無心にモンスターエナジーを吸い込んでいる。

「朝ご飯もまだなんでしょ?食堂に用意されてるみたいだから、行ってきたら?大路くんもそこで始末書かいてるみたいよ。アハハ」

 そこまで言うと御所はスパナ片手に「ろ号」に取り付いてしまった。

 整備員モード発動である。

 五条はもう一度御所にお礼を言うと、ボトル片手に食堂へ歩いて行った。

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