インターミッション(2)
食堂では、大路が白紙の束を相手に闘いを繰り広げていた。
始末書だけでにPCでの作成は不可というのが防衛隊の決まりであった。五条は負傷をものともせず、ボールペンをさらさらと進めている。明治の文豪も真っ青の勢いである。
高円はその斜め向かいに座って、サンドイッチをつまんでいる。紙コップのコーヒーは少し冷めてしまっているようだ。
(五条くんがいなかったら危なかった)
高円の食事が進まないのは戦闘疲れだけではないようだった。先輩隊員としての不甲斐なさを感じているのかもしれない。
「あの、お疲れさまです」
五条はそんな空気を知ってか知らずか、高円の隣に座って声を掛けた。大路の隣に座らなかったのは、筆の乗っている大路を邪魔してはいけないと直感が告げたからである。
「やっぱり、ろ号使うのってまずかったんですか」
五条は小声で高円に尋ねたが、高円は全く気にしていない様子で
「当たり前じゃない。公道での動作確認もしていない機体を持ち出すだけでも問題なのに、いきなり実戦投入なんて。運良く対象を捕獲できたからよかったようなものの、これでろ号の腕の一本でももげてたら、目も当てられなかったわ」
高円はコーヒーをぐいっと飲んだ。
「・・でも、ありがとね。五条くん。あのとき、あなたが来なかったら、私このサンドイッチみたいになってたもの」
高円はサンドイッチを右手で持つとヒラヒラと振ってみせた。
「あのときは、夢中で。とにかく助けなきゃって、それで。ろ号もよく動いてくれましたし、ほんとよかったです」
五条がはにかみながら話すと大路が割り込んできた。
「現地でも言ったけど、ほんとお手柄だったよ、五条クン」
大路の筆は光速動作を続けている。
「それに、これからは対象の出現も本格化してくるだろうし、慣れていかないとね」
「対象の出現って本当だったんですね。もちろん僕も知識としてはわかってたつもりだったんですけど、いざ目の前にするとやっぱりびっくりしちゃって」
「そりゃそうだよ。対象の出現はこれで2度目。去年の最初の出現のときは、オレも遠目に見ただけだから、実質今回が初めてだな」
大路はついに書き終えたようで、文面を頭から見直している。
「でも、発生原因がまだ不明なんじゃ、これから本格化するかどうかなんてわからないじゃない、ただの予想でしょ?情報部の」
「ま、予想っちゃあ予想だけど、悪い予想ってのは大体当たるのよねぇ」
大路は始末書の出来映えに満足した様子で、食堂の丸椅子から立ち上がると、
「じゃあ、もっかい隊長に挑戦してくるわ。デブリーフィングは明日の日勤でやるっちゅうことで。じゃ、解散!」
大路は二人に手をあげて挨拶すると、食堂を出ていった。
五条は高円になにか声をかけようかと思ったが、高円は先に
「じゃ、私もこれで。また明日ね」
食堂に取り残された五条は、食堂の陳列棚に残ったタマゴサンドイッチをほおばることにした。脳は休みたがっていたが、体が栄養を欲していた。
奈良防衛隊は原則として三交代制である。24時間勤務の後、24時間の非番、24時間の休息である。
今回のハムスター事案は大路隊の当直明けの朝にあったため、大路の始末書作成(!)やその他残務処理は非番日に超過勤務として行われた。
通常であれば、その翌日は休息日(週休日という)であるが、現行の労働基準では、3週間に1回、週休日に日勤が割り振られることとなる。
隊員達が忌み嫌う「日勤日」である。
日勤日の朝6時、気怠い体を無理矢理起こした五条は、シャワーを浴びると、何も食べずに冷蔵庫からモンスターエナジーを取り出した。
五条はこの飲料水を愛し、常に1ダースは冷やされている。
あと少しで250mlを飲み干すというところで、五条の携帯が鳴動した。
五条は、缶をキッチンカウンターに素早く置くと、一回咳払いをしてから電話に出た。
「はい、ごじょ・・」
「五条か!すぐ来い。次のが出た」
それは次の対象出現の連絡であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます