激闘!巨大ムカデ(前編)

 五条は、リビングで充電中だったワイヤレスイヤホンを容器から取り出すと、右耳に寝ねじ込んだ。

「どこですかっ」

 と話しつつ、寝室に移動して着替えを始める。制服は本部ロッカーに入れてあるので、通勤はいつもジャージだった。

「また猿沢池だ」

(また猿沢池?町中にある、ただのため池にいったいなにが?一回、水抜きをした方がよいのでは)

 五条の思考は大路の言葉にさえぎられた。

「今度はムカデだとよ。害獣、害虫大決戦だな、こりゃ」

「ハムスターは害獣じゃありませんよ」

「いやこりゃ失敬。ああ、でもあれは厳密にはハムスターでは・・」

「もうハムスターの話はいいです。すぐに出ます」

 五条は、大路の返事を効かずに通話を切ると、いつも通勤用に使っているリュックサックを肩にかけ、玄関から飛び出した。

 五条が住んでいるのは、JR奈良駅にほど近い、二階建てのハイツである。築浅物件で、ちょうど二階の角部屋が空いていたのでそこに決めた。間取りは2DK。敷地内には居住者用の駐車及び駐輪スペースがあり、五条はそこに自分のクロスバイクをとめていた。

 五条はクロスバイクにまたがると勢いよくこぎはじめた。いつでも出れるよう鍵はかけていない。防衛隊所属のわりに不用心な男である。

 五条の自宅から防衛隊本部までは自転車で約10分。JR奈良駅前を通り過ぎてからは軽い登り坂が続くが、五条の体力では少し汗をかく程度で走破できる。

 五条がJR奈良駅前の交差点に差し掛かったところで、数人の人が血相を変えて三条通りから出てきた。どうやら対象は猿沢池から三条通りを西進中であるらしい。

 五条はこのまま対象と遭遇するルートを走るか、迂回して本部に行くか数秒考え、ひな誘導を兼ねて三条通りを上っていくことに決めた。きっと途中で防衛隊員にも会うだろう。

 五条は自転車をこぎながら

「あわてず、近くの建物に避難してください。防衛隊が対応します」

 現実には彼こそが防衛隊なのだが、丸腰の五条に肩書きに見合うだけの活躍は見込めない。

 三条通りを走ること5分。「やすらぎの道」と呼ばれる大通りとの交差点まで来たところで、大路は対象を目視することができた。

 体長約5mのムカデ。全身は赤黒く、その頭部には大きなアゴが見える。今は体のほとんどを持ち上げて周囲を威嚇するように頭部を動かしている。

 その前後には防衛隊の車両が見え、対象の前に5人、後ろに4人、隊員が電磁槍や盾を持ってムカデと対峙していた。ひとまずは対象の動きを止めることに成功しているようだ。

 五条は、横道に入って本部へ急ごうと考えたが、背後からのクラクションに気づいた。

 大路隊の改造アウトランダーである。

「遅いよ、五条クン」

 運転席から大路が身を乗り出して声をかけてきた。助手席にはなぜか大和隊長が乗っている。その視線に気づいてか、大路が

「朝から隊長と、これからのろ号の運用について話してたんだヨ。考える前に事が起きちゃったんだけどネ」

 大路は至って軽い調子で話し続けているが、横に座った大和は車載無線機を右手に握ったまま眉間にしわを寄せている。

「とにかく、持って来ちゃってるから、そ服のまま装着してヨ。ろ号」

 大和は苦虫をつぶした様な顔をし続けている。

 この二人の話し合いにおいて、なにか大和にとって不本意な結果が生じたことには違いないが、そこに踏み込んでも自分にとって利益のあることはなにもないということに考えが至って、五条は考えるのをやめた。

 クロスバイクを電柱に立てかけると、五条はアウトランダーに牽引きされた荷台の上に上がった。

 ろ号は、背中を荷台の壁に預け、膝部をやや曲げた状態で座っている。武骨な深緑の機体は前回の闘いでついた小さな傷がそのままになっている。性能に影響は無いという事で補修対象にはならなかったのだろう。

 五条はろ号の右側頭部に備えられたパネルを開き、定められた操作コードを入力した。

 ろ号はビープ音を軽く3回鳴らすと、両手を床について立ち上がり、背部を大きく開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る