春日野園地対ワニ共同戦線(後始末)

 結論からいえば、大路に大した怪我はなかった。今回の対ワニ作戦における負傷者は、重傷1(所轄警察官、右腕骨折等)であり、その他軽傷者多数であった。

 軽傷者には当然の事ながら大路が含まれ、また五条も名を連ねていた。

 大路を救い出すべく、ワニの口に手を突っ込んだ際に、両腕にひどい打ち身を作っていた。事後の任務に支障はないものの、実際に中に食われていた大路よりも、五条の方が傷の程度としては上というのが、隊内では笑いを呼んだ。

 ドロドロベタベタの粘液まみれの状態で現場を離れようとしていた大路に体し、

「お疲れさん。またよろしく頼むわ」

と声を掛けたのは五島であった。大路は声が出せなかったのか、それとも出す言葉がなかったのかは不明であるが、無言で右手を挙げ、その言葉に応じた。


 ろ号の損傷は両腕部を中心に激しく、上半身中破といったところであった。

 ワニの回収作業を手伝ったのち、ろ号は東大寺参道前で、片膝を立てて座っていた。

 そこに現れたのは御所率いる整備班であった。状況が状況だけに当直だけでなく、日勤班も呼び出しを受けたようであった。

 御所はトラックから降り立つと、ろ号の横で座り込んでいた五条に声をかけた。

「がんばったねぇ、五条くん」

「え、あ、はい」

 五条は、なぜか正座に変えて答えた。

 その様子を見て、御所は思わず笑いそうになった。

「じゃあ、速やかに回収、整備に進めるから安心して。これくらいならメーカー整備に回さなくても済むし」

「またボクも手伝いに行きます」

「パイロットが機体を見に来るのは当たり前。『手伝い』じゃなくて仕事じゃないかなあ」

 五条は絶句し、とりあえず御所に最敬礼をした。


 高円は、警察と合同による被害現場検証に参加していた。

 対象生物による現場検証は、業務の分掌でいえば、防衛隊の任務範疇となる。しかし、その現場状況が本当に対象生物のものかどうかという疑義が消えるまでは、この仕事は常に警察と合同であった。

 無論、過去の検証作業において、対象生物以外の者の介入が認められた事例などあったことはない。

「戦闘のあとにそのまま現場検証班に組み入れなんて、お互いひどい組織にいますね」

 ワニの移動痕跡を調べながら、高円が言った。

「現場の戦闘状況を知っている者がやるのが一番合理的なんだ、ってうちの当番長は言ってますよ」

 答えたのは、高円が捕縄で綱引きをやった際に真っ先に手伝ってくれた制服の警察官だ。

「たしかに、それは言えてますね、ブラック思想ですが」

 高円は、言いながら頬を少しほころばせていた。喋りながらも目と手は検証作業に専念している。

 その時、別の制服警察官が小走りに近づいてきた。隣の警察官に敬礼すると、

「対象の足跡と思しきものを、200m山手で発見しました」

 との報告を為した。

「ということは、春日山原始林方向も調べてみる必要があるわね」と高円がつぶやいた。

 春日山原始林は、有名な春日大社の後方に位置し、春日大社の神山として信仰の対象となっていたことから、古代から保護が継続され、今でも原始の植生が保たれていることからそう呼ばれている。

「明日から山狩りかしら、あああああ」

 高円急に後ろへ倒れ、大の字に寝そべった。隣にいた警察官は急な行動に驚いた様子であったが、山狩りの話が警察へ飛び火しないか心配になった。


 整備班トラックの荷台に、ろ号と一緒に乗せてもらった五条は、ろ号を撫でてそのボディを慈しむようであった。

 助手席からその様子を見ていた御所は、にまりと笑顔を浮かべ、

「いいパイロットだねぇ」と自分にだけ聞こえる声で言った。

 運転していた整備員が

「御所さん、なんかいいことでもあったんすか」と聞いたが、御所は笑顔で首を振るだけであった。

 荷台では五条がろ号に寄り添って寝息を立て始めた。本部まで約10分。戦士の休息であった。

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