春日野園地対ワニ共同戦線(後編)

 五条は対象まで5mの位置で立ち止まると、盾を地面に置いた。

 ろ号の体を盾範囲内におさまるように身を縮め、右手に把持した槍を対象に向ける。

 対象は目を瞑ってじっとしている。少なくとも大路たちが現場に入ってからは動いている様子はない。


 五条の警告を受けて、対象の周りに配置していた警察官たちはそれぞれ距離をとり、大きな円を描くように、対象を囲む形をとった。

「吹っ飛ばされた警察官は尻尾にやられたみたいね」

 周辺配置の警察官から情報を得ていた高円がインカム越しに話した。

「縛るのはいいとして、少なくともこのワニを気絶させるなり、ひっくり返して行動不能にするなりしないといけないわ」

 高円はもっともな忠告をしたつもりだったが、大路は

「だから、合図を待っててって」

と取り合わなかった。

 そして、

「ルールルルルルルー」

と素っ頓狂な声をあげると、ワニに向かって全速力で駆けた。


「!!!???」

 大路の突飛な行動に、目を丸くする五条と高円。

 しかし大路は一気に槍の射程圏内まで入り込むと、対象のわき腹を鋭く突いた。

ガキィイイン

 金属の弾ける音がして、槍は弾かれた。反動で大きくのけぞる大路。


 だんまりを決め込んでいたワニもさすがに腹に据えかねたのか、ギョロリと目を動かし、大路を視界にとらえた。次の刹那、対象の尻尾が大きくしなると、ムチのように大路に襲いかかった。

 大路はこれをバックステップで躱すと、もう一度前進してわき腹を突いた。


 思うように攻撃が当たらないことにイラついているのか、ワニは尻尾をさらに大きくしならせ、バネが戻るように大路に向けて振るった。

 今度はバックステップが間に合わないと悟るや、大路は盾を胴体の前にかまえて、その衝撃を受け止めた。そしてそのまま数メートル押し込まれ、大路は片膝をついた。


 対象はそれを好機とみたのか、頭を大路の方へ向けると、その大きな口を開け、突進してきた。

 ワニの突進は、その巨体に似合わぬほど素早く、そして鋭い動きであった。

「五条クン!盾を!」

 大路の呼びかけに五条はそれが合図であると判断して飛び出した。

 ワニと大路との間に入るろ号。

 五条は盾を前面に押し出すと、今にも大路にかぶりつこうとしているワニの口の中に盾を突っ込んだ。

ガキィイイイン

 再度の鈍い音。ろ号の重装盾はワニの上顎と下顎との間に挟まり、その口を閉じられないようにした。


「いいねぇ、五条クン」

 大路のほめ言葉は、必死の五条には届かない。

「そのまま、そのまま」

 大路はそう言いながら、大口を開けたワニに近づいていき、その口の中に上半身から順に体ごと入った。

「大路先輩、なにを」

 五条には大路の行動の先が読めなかったが、今、ワニの口を閉じることだけはまずいということは理解した。

 五条は盾を持つ手を握り直し、大きく息を吸って腰に力を入れた。


 大路は、腰から電磁捕縄を取り出すと、ワニの舌に垂らし、そして一気に出力を上げた。

 バチンという音がワニの感電を示唆していたが、それと同時に大きく身をよじり、尻尾をふるった。しなった尾の先端は、ろ号に届き、ろ号はその場から弾きとばされた。

 盾はその後も数秒間、ワニの口の中で直立していたが、やがて横倒しになり、ワニの口は閉じられた。

「な!?」

 高円はその事態に顔を青くさせたが、すぐインカムから

「射撃求む、射撃だ!」

 との声が入ってきた。大路の声だった。

 高円はすぐに現場の警察官に拳銃による射撃を求めたが、警察官は躊躇している様子であった。


 しかし

「撃て。目標、ワニの頭部及び腹部。死んでもかまわん」

 高円が声のした方を振り返ると、トラメガを構えた五島ごとうの姿があった。

 そして続く発砲音。約10名の警察官がほぼ全弾を発射したようだった。

 ワニの皮膚表面は分厚く、拳銃弾が有効となったかどうかは疑問であったが、ワニは明らかにひるみ、身をよじらせると、少し口を開けた。

 そこに伸びる緑色の機械の腕。

 五条はわずかな隙間にろ号の腕をつっこみ、その歯に機体を傷つけられながらも、その隙間を広げようとした。


 高円は、電磁捕縄の先を円形に結ぶと、投げ縄の要領で対象の尻尾先端めがけて投げつけた。5m以上離れた場所への難しい投擲とうてきであったが、捕縄は輪投げのように、尻尾先端に入った。高円が捕縄を引くと、先端部はきつく締まり、尻尾を完全に捉えていた。

 その状況を見ていた警察官からは歓声があがったが、高円が捕縄の把持に苦労している様子を見るや、すぐにその支援が始まった。みんなで綱引きである。


 ろ号は肘まで口の中に入ったのを確認すると、両腕に内蔵されている電磁小手の出力を最大に上げた。

 小さな破裂音がしたのち、先ほど鳴ったのと同じような大きな破裂音が、口内から聞こえてきた。

 そして同時に、対象の顎の力が抜けていくのを感じ取った五条は、好機とみて力を振り絞った。今度はろ号の腕からブチブチという音が聞こえてくる。人工筋肉が断裂しているのだ。

(筋をやったか。それでも!)

 五条が再度力を込めようとしたとき、ふいに顎から力が抜け、対象は横倒しになった。ついに気絶したようだった。


 五条が、力の抜けた口を開けた。中から、おそらくはワニの唾液であろう、粘性の高い液体にまみれた大路が転がり出てきた。

 大路は何度かむせて、口からその液体を吐き出すと

「やあ、みんなぁ」

 と、間の抜けた声を出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る