春日野園地対ワニ共同戦線(中編)

 五条は、ろ号を地下の車庫まで移動させた。

 防衛隊本部では利便性を考えて、整備工場は地上に存在している。しかし、奈良といえども市内の地価は高く、車庫については地下利用と相成あいなっている。この点に関しては多くの隊員より

「奈良の地下を掘って駐車場作るのってもっと金かかるんじゃねえの」

との疑問が呈されているが、これに対する答えはまだない。


 五条は、ろ号を改造アウトランダーの牽引き荷台に載せると、背部から這い出た。そして地面に降り立つと、一度大きく背伸びをした。

 車両内ではすでに高円がハンドルを握っており、助手席には大路が座っている。

「遅れてすいません」

 五条が後部座席から声をかけると

「オッケー、高円チャン出しちゃって」

 高円はだまってうなずき、本部地下のシャッターをリモコンで開けると、アウトランダーで公道に踊り出した。


 本部から現場までは約10分。現在午後8時03分、警察通報が午後7時15分であることを考えるとすでに50分近くが経過している。

 当然のことだが、防衛隊が到着するまでは警察が現場を維持することになる。

 防衛隊は装備の準備と調整に時間がかかる性質のものであるとはいえ、今回の対象のことを思うと、警察人員に被害が出ていないか心配されるところである。

 心なしか、大路の表情が硬い。


 高円は、赤色灯を回転させ、サイレン鳴らしっぱなしで公道を突っ走った。

 東大寺に至る参道に入ったところでドリフト気味にハンドルをきり、アウトランダーを停車させた。

 現場にはパトカーが3台、覆面車両が3台、警察官の姿が20人ほどあった。制服と私服が半分ずつといった様子で、まだ機動隊は来てないようだった。

 幸い、民間人の姿はない。


 三人同時に降車すると、大路は五島ごとうのところへ、五条は荷台のろ号へ、高円は対象周辺に配置する警察官のところへ、それぞれ走っていった。


「お疲れさまです」

 大路は珍しくきれいな敬礼をしてみせた。

「ああ、大路さんか」

 警察部内の規則が許しているのかどうかわからないが、大路はたばこをくわえている。一度大きく吸い込んで、息を吐き出す。春日野園地の空に小さく白煙が舞い、そして消える。

「この一時間でてんやわんやよ。とりあえず、対象は囲み終わって、付近住民への避難勧告もほぼ済んだ。夜間で人がほとんどいなかったのが幸いだったなあ、でも」

 五島は一度空を見上げたかと思うと、ゆっくりと顔をおろし、

「うちの刑事課員が一人吹っ飛ばされちゃってねぇ。間合いを見誤ったみたい」

 五島は軽い調子で言っているが、目は全く笑っていない。

「・・怪我は」

「右腕の骨折と頭部打撲による脳震盪だとさ。救急が前もって出動してくれててよかったよ」五島はたばこを携帯灰皿に突っ込んだ。

「あとはうちで前面を持ちます。警察は外周配備で願います。あと広報も」

「はいはい、わかってるよ。頼むよ、大路さん!」

 五島は大路の肩を強く叩くと、ハンディ無線で何事か指示しながら歩いていった。


(やっぱりワニはやばいか)

 大路が感じたことは間違いではなかった。前々回のハムスター、前回のムカデに比べて「ワニ」のインパクトは物理的にも当然そうだが、心理的にも相当に大きい。現場警察官への負担も、これまでの比較にならないだろう。


 大路はインカムで五条に指示を出そうとしたが、すでにろ号はワニの前面に展開しているところであった。

「ろ号が前に出ます!警察の方は周辺に配置お願いします」

 五条の声がろ号のスピーカーから聞こえている。

「あいつ、オレの仕事を」

 大路は小さく笑みを浮かべると、車に戻って、盾と電磁槍を手に持った。ヘルメットも忘れなかった。


 重装型のろ号は、どっしりした足取りで対象への間合いを詰めていた。

 右手にはろ号専用電磁槍。左手には同じく重装盾。ろ号の足下から肩までの高さがあり、頭を下げれば、ろ号の全身を盾で覆い隠すことができる。

 大路は盾を地面から数センチ浮かせ、槍を高く構えて、少しずつ対象との距離を詰めていた。


「みなさーん下がってくださーい、ろ号が前面に出ます」

 大路は音声出力をスピーカーに切り替えて呼びかけを続けている。

「そう、その通り、それでいいよー五条クン」

 インカムから大路の声が入った。

「ろ号は前面で牽制。ボクは距離をとって側面待機。全体を指揮するよ。高円チャンは後方から隙をうかがってて。ボクが合図するから」

「「合図?」」

 大路と高円の声がハモった。

「名付けて、ろ号&高円チャンで挟み撃ち、警察さんにも手伝ってもらって捕縄グルグル大作戦!だから」

 大路は明るい調子で滑舌よく言い切った。

「なにそれ、いつもと同じじゃない」

 高円がそっけなく応じた。

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