春日野園地対ワニ共同戦線(前編)
感覚調整中だった五条は、大路の隊内放送で現実へ引き戻された。
「えー、ワニとかめっちゃあぶないやん」
御所が急に関西弁でしゃべった。御所は奈良の出身である。よく食堂で同期と関西弁でしゃべっているところを、五条は何度か見たことがある。どうも楽しい時は標準語を忘れる仕様のようだ。
(これまでも危なかったんだけどなあ)
過去2回において最前線で戦った五条は、御所の言葉に率直な感想を抱いたが、反論するのも気まずいと思い、何も言わなかった。
「じゃあ、これはあれだね。ろ号重装型の初お目見え的な展開だね?」
御所はニヤニヤしながら言った。
「え、重装って、あのごつくて重いやつですか」
「いややわあ、五条くん。わかってへんわー。重装型の良さがわかってこその、ろ号乗りやで」
御所はニヤニヤが止まらない。
そのノリがなんだかおかしなことになってきたので、五条は搭乗用スーツに着替えることにした。
ろ号の乗り込みに関して言えば、先日のようにジャージでも問題はない。ただ、激しい挙動や対象からのダメージを考えれば、搭乗用スーツを着ることが望ましい。
過去2回、乗ることを前提として出動していなかったため、一回目は一種装備のまま搭乗、二回目は先述のとおり私服(ジャージ)。
そういった意味では、今回が初の正式出動、ということになる。
「五条クン、準備よろし?」
大路から直接呼びかけがあった。
「はい、搭乗用スーツに着替え終わりました。装備点検後、すぐに出られます」
「OK、オーケー。今回はワニらしいから、一応重装型でいこっか。御所チャン聞こえてる?それでいけるかい?」
「そう言われると思って、五条隊員が着替えてる間に準備済みです!」
御所は親指を立てて満面の笑みを浮かべている。隊内通話は基本的に音声オンリーのはずだが。どうやら御所は仕事を越えた楽しみを感じているようだ。
ろ号には現場対応用装備として数種類のオプションが開発されており、今回使用する重装型は、文字通りの分厚い装甲、重い装備品、制限されるスピードが特徴の装備である。無論、その分パワーと安定感には定評がある、というか定評が出てくるはずの装備である。
五条はろ号搭乗員として当然、各装備の習熟訓練を行っているが、重装型には苦手意識を持っていた。格別、ろ号の機動性能を好んでいるというわけではないが、動きの制限される装備に違和感を感じているようであった。
五条は、ろ号に一旦乗り込むと、隊のアウトランダーとの集合地点である地下駐車場まで移動し始めた。
途中、大路から映像付きで連絡が入る。現場で撮影された静止画のようだ。
遠目ではあったが、その写真はたしかに対象を捉えていた。
深緑の細長い物体が大きく口を開けている。口は90度近く開いており、中には大きな舌と尖った歯が強い自己主張をしている。頭部側面には、黄色く丸い目玉。体表面はゴツゴツとしていてところどころ突起がある。太い足が4本伸び、その先にはかぎ型になった爪が伸びていた。
(猿沢池にハムスター、春日野園地にワニ、か)
五条はその脈絡の無さに少しめまいを覚えた。
緑の芝生が美しい、奈良・春日野園地。
東大寺の東側に広がるその園地は、鹿と県民、多くの観光客が憩う広場になっている。立ち木が点在し、ベンチがいくつか置かれている。園地内には散策用の小道が整備されており、観光客はそこを歩きながら、鹿と戯れる。鹿が嫌いな場合はその限りではないが。
表示されている写真では遠近感の把握が難しいものの、対象の体高は3mを超えているだろう。
「大路先輩、この写真は通行人からのものですか?」
「いんや、警察だヨー。直近のパトカーが先着して、私物のスマホで撮ってくれたやつ。それを五島さんの携帯経由でもらったの」
「なるほど」
警察と防衛隊のつき合いはそれなりに長いが、かたや公的機関、かたや一公益財団ではまともな情報共有手段は存在していない。事態がここまで大きくなっている以上、本来は公的に認証されたルートとツールがあるべきであろうが、そこはそれ、日本型お役所仕事の
つまり「次期の検討課題としましょう」というやつだ。
「前2回のやつよりもさらにでかいですね」
「そうだねぇ。ワニって、自然界のものでも体長が3mだか5mのでかさなのに、体高が3mって。体長10mくらい?これ運ぶのはレッカー車かな?手配しなきゃ」
大路は乾いた笑いを発した。
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