春日山原始林探索行(3)

 正午。

 大和が小休止を告げると、残る全員が大きく息を吐き出した。

 この原始林の何がそうさせるのかはわからないが、平地に比べひどく気分が沈み込むのを、皆が感じていた。

 本来、原始林内では厳禁のはずであるが、大和はしゃがみこむと、だまって火をつけ始めた。

 うす暗い森の中で、暖色の炎が揺らぐ。

 四人はたき火を囲んで、それぞれ荷物を下ろすと、その場に座って食事を始めた。

 昼食は、防衛隊から支給されている。銀色のアルミ製弁当箱の中は、防衛隊食堂おばちゃん謹製である。


 高円が弁当を開くと、箱の真ん中に間仕切りがされてあり、左側がごはん、といっても、鶏そぼろとたまごで二色に彩られている。

 間仕切りの右側は、鮭、塩昆布、きゅうり、肉じゃが、プチトマトとバランスよく配置されている。高円はそれをみると、さっきまでの沈んだ気持ちが嘘のように、顔を明るくさせた。

 それは他の三人も同じだったようで、人によって弁当箱の大きさは違えど、同じ物を同じ場所で、同じ時間に食べるという行為は人類の叡智だった。

 食事のマナーとして、四人は「いただきます」と「ごちそうさま」以外の言葉を発することはなかったが、それぞれが満足した時間を過ごせたようだった。

 大和は、弁当箱をきれいにしまいこむと、水筒に入った緑茶を飲んだ。特に冷やしてこなかったが、そののどごしが気持ちよかった。

 大和が

「ここは不思議な森だ、なぜかはわからんがそう感じる」

と、独り言なのか問いかけなのかわからない口調で言った。

「・・・・静か」

 三郷の目線は森の奥をじっと見ている。

「そうだな。ここに何かあるんじゃないかと来てみたが、たしかに何かはあるな。ただ、それが人の触れていいものかどうか」

 大和はいつになく感傷的なようだ。

「・・・・ぼくは調べたい」

 三郷が小さな声で言った。それはあまりに小さな声で他の三人には届いていないようだった。三郷を窺う視線が三つ、寄せられている。

「・・対象についてわかることがあるなら、ぼくは知りたい」

 三郷はうつむいて、しきりに両手を動かしている。子供の手遊びのようだ。

「そうね、せっかく来たんだもの。手ぶらじゃもったいないわ。貴重な日勤よ!?」

 高円がつとめて明るく言った。

「そうですね、昼からもがんばりましょう!隊長、午後の方針は?」

「よし、それじゃあ、昼からはもうちょい登ってみるか」

 五条も大和も、高円の明るさを無駄にしたくないようだった。

 大和はそう言うと、たき火を消し、万が一にも延焼が起こらないように後始末を始めた。


 三郷はリュックサックを背負い直すと、白衣の尻部分についた土を払った。完全にとれることはなく、茶色い跡が残った。

 三郷が尻の茶色がとれたかどうか振り返って確認していると、突然、高円が飛びかかってきた。

「伏せてっ」

 三郷は高円に押し倒されて、そのまま地面に横倒しとなった。

 一瞬何が起こったかわからなかったが、さっきまで三郷の頭があった位置に直径50cmほどの石が通過し、数m先の地面に落ちた。

 石が落ちた鈍い音を聞いて、三郷は初めて、その石がどこかから飛んできたものと理解した。いや、正確には理解できていなかった。その石は三郷めがけて投げられたものだった。

キシェーッ

 奇声が上がった。

 三郷に覆い被さっていた高円は立ち上がると、左腰から電磁警棒を抜き出し、右手に握り直した。

 三郷が奇声の上がった方へ目をやると、ネズミがいた。

 その体毛や頭部の特徴からノネズミだろうか、ただし、大きい。背丈は人並みにある。現メンバーで最も高身長の大和と同じぐらいだろうか。

 ノネズミは二本脚で立ち上がり、顎をあげて鼻をひくひくさせている。そして再び奇声をあげると、前足を地面につけ、高円めがけて飛びかかってきた。

 高円はそれを避けようと身をよじろうとしたが、間に合わなかった。ノネズミの突進を太腿付近に食らい、そのまま押し倒された。

 ノネズミはそのまま高円にのしかかると、一番大きな奇声をあげた。そして、その伸びた二本の前歯をむき出しにした。

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