春日山原始林探索行(2)
玄関ロビーに大和が現れて、事は多少進展した。
「おまえら、なにをつまらんことを言い合っとるんだ」
大和は少し呆れたように言った。
「でも、隊長、山へ行くのに白衣って、どうかと思うんですけど」
「白衣はだめ、ってどこかに書いてあるのかい」
「あのねぇ、どこかに書いてあるとかじゃないの、こういうことは」
「書いてない、なら違反じゃないんだろ。いいじゃないか」
「ムキーッ、あんたねぇ」
大和は額に手をあてて目を閉じてしまった。五条はそれを見て、自分も現実逃避してしまいたいと思った。
「よし、白衣を許す。これは隊長権限だ」
「えーっ、そんな!隊長、でも」
「いや、俺の決めたことだ。こんなことで出発が遅れる方がかなわん。それより、お前ら自己紹介くらいしたのか?」
「いえ、まだ」
高円はふくれている。普段のすました高円を見ているだけに、五条にとって不平不満をもらして感情を露わにする高円の様子は新鮮だった。よほど
「じゃあ、それぐらいしろ。社会人だろ」
大和が至極もっともなことを言ったので、それぞれが名乗り始めた。
もっとも、三郷だけは
「・・・・・・・三郷」
という極小ボイスが発せられただけであったが。
大和はメンバー三人の装備が整っていることを確認すると、全員に乗車を命じた。
今回は隊の一般車両である改造アウトランダーで向かう。
運転は五条、助手席に高円、後部座席に大和と三郷が座った。
防衛隊本部から春日山の麓まで、車で約20分。有名な春日大社の近くに車両をとめ、徒歩にて山へ入る。
駐車場所まで走る道中、車内はほぼ無言であったが、降車直前になって大和が言った。
「いいか、本任務の目的は対象の痕跡を探すことだが、あてのない任務ともいえる。春日山になにかあるという確証は全くない。空振りで終わる可能性もある。だから一つだけ言っておく」
大和はここまで言って一息つくと、続けて
「しょうもない喧嘩はするな。皆、社会人だろう。仕事として割り切れ。成果のない仕事もある。これは潰しの仕事だ」
大和の発言は、隊長として必要な発言であった。しかし、すでに険悪ムードの漂うメンバーにとっては、沈黙の理由を増やしたばかりとなった。
駐車場所にて全員降車。山の麓まできたところで大和が、
「あてもなく探すわけにもいかん。三郷、なにか意見は?」
と聞いた。
「ワニはともかく、として、ネズミやムカデは暗所に潜んでいる可能性があります」「なによ、あんたふつうにしゃべれるんじゃない」
関係のないところで噛みつく高円。大和はそれを遮り、
「じゃあ、洞窟、とまではいかないまでも、ほら穴のようなものを探せ、ということでいいか?」
「・・・うん、じゃない、はい」
三郷は言い直すと、
「あとは、肉食性の食べ残しや、大きい糞などがあれば目印になる、かも」
「ふむ」
大和は顎に手をあてて、うなづいている。他に案も無い以上、それらを手がかりとして山狩りを行うしかないようだった。
「よし、それでいこう。日没までそれらを目標として探索を行う。単独行は厳禁とする。五条、無線を入れておいてくれ」
五条は左肩にかけた無線機のトーキーのスイッチを入れると、探索の開始を本部に告げた。
このとき、午前9時33分。
初夏の太陽は高く昇っていたはずだったが、鬱蒼と茂った春日山中では、なお薄暗かった。
太陽の光が地面まで届かないためか、地面は湿気ており、木々の根元には、さまざまな色や形をしたキノコが生えている。
森への侵入者が珍しいのか、時折、タヌキやリスが姿を見せるが、一瞥するとすぐにその場から離れていってしまう。
湿気をふくんだ空気は重く、密接した木々の間を抜ける風はない。
高円は、せめて森のマイナスイオンを吸い込もうと、胸いっぱいに息を吸い込んだが、まるで自分の肺も身体の底の方へ沈んでいくような気がした。
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