特撮系防衛隊の日常

黒井ごま

巨大ハムスター現る(前編)

 202x年5月10日早朝、巨大ハムスター現る。


 現場は奈良市内、鹿で有名な奈良公園、興福寺のすぐそば、猿沢池の前であった。

 第一発見者は付近の旅館経営者。

 対象は池の中から現れた模様。体長約3メートル。頭部はうす茶色、体躯は白色、二本足で歩行。

 外見上はハムスターそっくりであることから、当局は安直に「ハムスターようの巨大生物」と呼称することに決定した。


 第一発見者の女性は、

「旅館の前をはき掃除してたら、突然ザブーンと音がして、私に水しぶきがかかったんです。びっくりして池の方を見たらでっかいハムスターが歩いてきて、しきりに手をなめているようでした」

等と話し、さらには

「私も昔、ハムスター飼ってたんですけど、大きくなってもかわいいもんですね。びっくりはしたんですけど、害はないのかなーって勝手に思っちゃって、少し見とれてたんですけど、そしたら、突然、池のふちにおいてある木のベンチをバリバリ食べはじめちゃって。さすがにもう、普通じゃないなと思って、それで通報したんです」

と現場聴取の警察官に対して興奮気味に話したという。


 同女性による110番通報が前同日午前6時03分、通報を受けた所轄警察官の第一陣到着が7分後の午前6時10分。同女性以外からも大量の通報寄せられ、火事はなかったが消防車2台も出動していた。

 現場到着の警察官から応援要請が入り、公益財団法人「南都奈良の景観等を守る会」の職員が現場到着したのが午前6時33分。同会第一陣は車両1、職員3の陣容であった。


 同会についての補足。

 同会は応仁の乱前後の興福寺僧兵団に端を発すると言われ、南都奈良の景観と伝統を守ることを目的として設立された。

 明治維新以後、長らく武装解除していたが、新型コロナウイルス感染症に伴う社会混乱及び奈良における観光産業の停滞、治安の悪化を受けて、公益財団化及び特定目的下における武器の使用並びに特別職司法警察権限を付与された組織として生まれ変わることとなった。

 通称、奈良防衛隊の誕生である。

 よって以後本文においては、同会については「防衛隊」、同会の職員については「隊員」と略称するので留意されたい。

 話を戻す。


 三菱アウトランダーを改造して作られた防衛隊車両には、大路、高円たかまど、五条の3名が乗車していた。

 運転手の五条は、車両を猿沢池西側の自動販売機前に車両を停めた。アウトランダーは牽引で装備を積載している為、運転が難しい。

「五条クンは電磁槍、高円チャンは電磁捕縄を持って。ボクが大盾を持って出る」

 大路の指揮のもと、三人は素早く降車すると、車両後部から槍と縄、盾を取り出して巨大ハムスターと向き合った。


「本部、こちら当直大路隊、高円です。ただいま現着降車しました。目標は通報通り、体長約3メートル。車載カメラから映像送っておきます」

 高円隊員が左肩につけたインカムを利用して話した。話し口調は冷静だが表情はこわばっている。

「目標はベンチをかじっています。すでに三脚が破損。」

 高円はハムスターから目をそらさずに続けて言った。


 大路は、現場の警察・消防の指揮官に簡単に挨拶すると、こう言い切った。

「とりあえず、私たちが前面に出ます。消防さんには念のため、救急車の手配をお願いできますか。警察さんは付近住民への事態アナウンスと避難誘導を。あと、マスコミがそろそろ集まってきそうなので広報対応もお願いします」

 警察・消防の指揮官は、自分の部下を危険にさらさなくてよいというその提案に安堵し、向けられた仕事に専念することに決めた。


「さぁて、これで名実ともにうちの仕事になったヨ」

 大路はやや緊張感の抜けた様子で話したが、急に眉間にしわを寄せて、

「でも、気を抜くとまじで死んじゃうから。ボクが前衛で盾持ち。五条クンはその隣で槍を使って威嚇。隙があったらぶっさして気絶させて」

「わかりました!」

 五条は右手の震えを抑えようと、左手で掴んだ。

「で、高円チャンは縄持ってハム公の後ろ。五条クンと俺で気を引いている間に、足に縄掛けちゃって。うまく転倒すれば、みんなでふんじばるってことで」

「了解」

 高円はすでに捕縄を手にしていた。

 三人はお互いの位置関係を再度確認すると、それぞれ所定の位置まで静かに走っていった。


 五条が巨大ハムスターの前方約5mの位置につき、その右方に大路が配置すると、五条は電磁槍の出力を一気に上げた。

 槍の三つ叉に分かれた先端がスパークし、青白い光を放った。

 さらに五条は所携の呼び子笛を思い切り吹いた。

ピーッ、ピーッ、ピーッ

 巨大ハムスターはビクっと身体をふるわせると、かじっていたベンチを持ったまま、五条の方へ向き直った。

 そして間髪入れずに五条めがけて、ベンチを投げつけた。

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