第7話 地球から来た男


 ニーダル・ゲレーゲンハイトは歯をむき出しにしてにらみ、エーエマリッヒ・シュターレンは水晶越しに視線を冷たく受け止めた。

 エーエマリッヒは危険性を憂う。

 ―――子供とはいえ、敵対軍閥の暗殺者。領民達を守る為に始末しろ、と。

 ニーダルもまた同じことを危惧きぐしている。

 ―――たとえこの子達を始末しても、代わりなんぞすぐに用意される、ここで殺すことは別のリスクを負うだけだ、と。


「道徳など時代と場所、そして〝世界〟で変わる。それがわからぬお前でもあるまい」

「はン。いつの時代、どこの場所、どこの〝世界〟だって、ガキを殺す道徳なんぞ知ったことかぁ。ジジイ、格好をつけないなら俺もアンタも何の為に歳を重ねてきたんだ?」


 きっと、どちらの見方も正しいのだ。


馬鹿造ばかぞうが。お前はいつもそうだ。どれほど奇抜に振る舞おうと、どれほど道化じみた言葉で誤魔化そうと、最後の最後で頑迷なまでの保守性を発揮する」

「おーい、年で目が濁ったんじゃないか?」


 ニーダルは悪ぶってうそぶくが、エーエマリッヒにとっては子供が背伸びしているようにしか見えなかった。


「……手のかかる男だ」


 エーエマリッヒは、自身の合理性を確信している。ニーダルは感情に振り回されているだけ。

 他国ならばいざ知らず、ここ西部連邦人民共和国では糖蜜じみた正論など外道のエサだ。

 だが、そんな男であればこそ、老人は若造を信用できた。ニーダルが絶対に裏切らない筋を通すおとこと認めていたのだ。


「勝手にするがいい。ヴァイデンヒュラーとの交渉の後、四奸六賊しかんろくぞく残党の首と引き換えに、その子達を返すよう取り計らう。それまでは、お前が監視するといい」

「ああ。あの子達も、この領の連中も、ちゃんと俺が守る」


 老人にとって重要なのは、自領と領民を守護することだ。

 そしてヴァイデンヒュラー閥にとっても、軍閥内に寄生する獅子身中の虫など、暗殺実行犯こどもたち以上に不要な存在だろう。

 交渉の余地は、充分にあった。


「だが忘れるな。ニーダル、お前の選択は、ただの自己満足だ。魔術による拘束を外し、薬物の洗脳を解き、身体に埋め込まれた爆発物を外しても、……彼奴きゃつらを操る糸は切れない。いつか必ずツケを払うときがやってくる」

「ジジイ。ツケなんて、もう一生分先払いしちまったよ」


 ニーダルは、老人よりも生気のない瞳で、枯れた笑みを浮かべた。

 エーエマリッヒは、青年の過去を知っている。

 彼は、この世界に生まれた者ではない。無理やりに呼び寄せられ、生贄として捧げられた。

 帰るべき故郷、守るべき国、喜びをわかちあう友、愛する女。―――すべてを失っている。

 ニーダルに残されたものは、復讐という熾火おきびだけだ。


「ニーダル。〝滅びの翼〟にかれた犠牲者よ。改めて問うぞ。お前は、まだお前のままか? それとも過去の残滓ざんしを演じているのか?」

「俺は俺だ。ツギハギでも、ノコリカスでも、俺は、〝俺以外〟の何者でもない」

「お前の言葉を信じよう」


 そうして水晶は暗くなり、何も映さなくなった。

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