第3話 工具箱

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 ロゼット達は、歩兵部隊を血祭りにあげて海賊達が逃走する時間を稼いだ。

 アースラ政府軍は業を煮やしたのか、駆逐艦の甲板から鳥型の魔造人形ゴーレムを改造した浮遊戦闘人形を飛ばして来た。


(ばかな大人たち)


 ロゼットは、臆することなく戦況を分析する。

 戦力の逐次投入ちくじとうにゅうは無能の証明だ。

 そんな切札きりふだがあるのなら、最初から切っておけば、仲間を犬死にさせずに済んだのだ。


「全員、撤退します」


 ロゼット達が持つ装備では、鳥形戦闘人形の高度まで届かない。

 このままでは、上空から一方的に狙い撃ちにされるだけだ。

 だから、ロゼット達は逃げ出した。浮遊戦闘人形が翼から撃ち出す羽根型魔法弾を、岸壁や茂みを利用して避けつつ、ひたすらに北方を目指す。


(これは、長くは持ちませんわね)


 ロゼットは、槌を持つ手を強く握りしめた。

 高い位置と長い射程は、戦場における決定的な優位条件だ。

 地上では迷路に見える入り組んだ岸壁も、上空からは一望できる単純な通路に過ぎない。

 ロゼット達にできることは、的にならないよう分散し、ただひたすらに走ることだけ。

 先に逃亡した武器商人と、彼らを護衛する仲間達との合流さえ果たせれば、事態を打開する見通しだってたつだろう。

 けれど、飛行戦闘人形は弾丸を雨のように発射して岸壁がんぺきを削り、次第にロゼットと弟妹達を追い詰めてゆく。


「あっ」


 最前線で戦っていた一一番エルフの回避行動が遅れた。

 栗色の髪と左足を弾が掠めて、彼女はバランスを崩して転倒した。


(ダメっ、あの子を失いたくないっ!)


 ロゼットには、血の繋がらない妹を見捨てるという選択はなかった。

 なぜなら『殺戮人形』は、二〇体で完成した工具箱だ。

 指揮個体いちばんめである自分が諦めてどうしようというのか。


(それでは、あの人に顔向け……いいえ、あの人を殺せない)


 ロゼットは茂みを飛び出して、一一番エルフの前へと躍り出た。

 彼女の白い指が綴るのは、魔術文字だ。

 この世界を支える根源、世界樹より染み出す魔力を用いて、『世界を書き換える力』。

 ロゼットは防御の魔術を発動させて、光輝く盾を作り出し、飛来する弾丸を弾いた。

 一二番セバルツもまた一呼吸遅れて飛び出し、一一番エルフを抱えて走り出す。

 五番フェンフト七番ズィーベンが、遠方から弓矢や投石で牽制けんせいし、ゴーレムの注意を引いてくれた。


「もう少し、あと少しだけ、頑張りなさい」


 ロゼットは、一二番セバルツ達と共に再び駆け出した。

 しかし、彼女の叫びをかき消すように、独特の振動と足音が、荒野の彼方から伝わってくる。

 敵の増援だ。それも東と西から一体ずつ。

 全高一〇mメルカはあるだろう、巨大な西洋甲冑を模したゴーレムが、大地を揺らしながら近づいてきた。


「甲冑に描かれた紋章は、アースラの陸軍ですか。そう、とっくに包囲されていましたの?」


 退路を断ってからの包囲殲滅は、戦術における基本中の基本だ。

 おそらくは、海軍駆逐艦の指揮官が先走っただけで、本来は陸軍との共同作戦だったのだろう。


(陸軍と海軍。いえ軍閥同士の仲が良くないのは、ままあること。功名や嫉妬にかられたのでしょう)


 ロゼットは、先に離脱した商人や護衛の安否が気にかかったが、無事だろうと判断する。

 あちらには、二番ツヴァイが率いる殺戮人形の残り一五名が同行している。

 アースラ政府軍には、最大戦力である二〇番ツヴァンツイヒを止められる者はいないはずだ。


一番アインス。右うでから血が流れてる。魔法で治癒しないと」

「たいしたことありませんわ」


 ロゼットは奥歯を噛みしめ、心配するなと服を裂いて傷を縛った。

 さすがに大量の魔法弾を、盾一つで受けるのは不可能だった。魔術の守りを突破した羽根が右腕を裂いて、赤い血液がにじんでいた。

 ロゼットは一一番エルフが治癒の魔術文字を綴り、傷口に当てようとするのを止めて、彼女自身の脚へと向けた。


「…… 一番アインス。私こそだいじょうぶです。物陰にかくれますから、どうか一二番セバルツ達と一緒に港へ向かってください」

一一番エルフ。ワタシ達は二〇体そろって一つの工具箱です。諦めも泣き言もゆるしません」


 ロゼットは、一一番エルフの頬をパンとはって、止血した右腕で彼女の手を引いた。

 そばかすの浮いた赤毛の少年、一二番セバルツも、励ますように親指を立てる。


「そ、そ。あの人ならきっとこう言うぜ。おとこの約束第なん条。しちゅうに活あり! ってね」

一二番セバルツ、私、女です……」

「おいおい、ちちもしりも無いくせに、とあの人なら。ぐはぁっ」

「バカなことばかり言ってないで、走りなさい」


 ロゼットは思わず、一二番セバルツをナイフの柄で殴り、力づくで黙らせた。

 殺戮人形は、過去にとある流れ者と出会ってから、多かれ少なかれ変わってしまった。

 特に男子達は、多分によくない方向へ影響を受けてしまったようだ。

 三千! もあるらしい、すっとんきょうな男の約束とやらを、何かにつけ引用するようになっている。


「おい、羽根の攻撃がゆるまったんじゃないか?」

「でも、ゆうどうしてるみたい」


 一二番セバルツ一一番エルフが指摘したように、鳥型戦闘人形は上空からの攻撃を止めて、旋回しながらの誘導に切り替えたようだ。

 おそらく装弾された残弾が少なくなったのだろうが、油断は出来ない。

 ロゼット達は、再び荒野を走り始めた。

 けれど、すぐに足が止まった。

 全高一〇mメルカ以上はある灰色の機械巨人が、鉄塔のような棍棒を振り回しながら、逃げ道を塞いだからだ。

 人間とゴーレム。絶対に越えられない差が、ここにあった。

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