第2話 殺戮人形


 この世界の魔道文明を支える燃料〝魔法石〟は、ミッドガルド大陸南部にある中東海諸国で産出される。

 風吹きすさぶ苛酷な荒野では、その鉱脈を巡って各国の陰謀が渦巻いていた。

 同様に、掘り出した魔法石を運ぶ海上交通路シーレーンもまた……。


 復興暦一一一三年/共和国暦一〇〇七年、若葉の月(三月)一〇日。

 ロゼット達が所属する特殊部隊『殺戮人形さつりくにんぎょう』は、故郷である西部連邦人民共和国を離れて、中東海諸国のひとつアースラ国へとやってきた。

 共和国は燃料資源を格安で入手するため、またアースラ国へ圧力をかけるため、つねづね反政府組織を支援していた。

 『殺戮人形開発研究所』の教官、ヨゼフィーヌ・Ⅳ・ギーゼギングは、そういった方針の一環として、海賊へ武器弾薬を届ける商人を護衛するよう、試験中の実験モルモット部隊に命じたのだった。

 ロゼット達は、幸いにも仕事をつつがなく終えて、自称〝海上義勇兵団〟のキャンプで一泊の休みをとったのだが――。

 どうやら海賊船の一部が、近隣都市の略奪に出かけた後、アースラ政府軍の駆逐艦くちくかんに尾行されていたらしい。


「政府のイヌめ、ここをかぎつけやがったか」


 海賊達と政府軍の間で、戦闘が始まった。

 鍛えられた海の略奪者達は、手に手にいしゆみをもち、見張り台から火矢を放って、上陸したばかりの政府軍を狙い撃ちにした。

 さすがは、海の猛者もさ達というべきか、彼らの強さは陸戦でも十分に発揮される。

 訓練を受けた正規兵達も、上陸直後に奇襲を受けては抵抗もままならず、次々と射倒された。


「よおし、食い止めた。野郎ども、ずらかるぞ!」


 海賊と商人達は、政府軍による最初の攻撃を見事討ち破ると、次の攻撃が来る前に一目散に逃げ出した。

 彼らのような賊徒ぞくとは、正規軍と違って、護るべき拠点を持たない。

 つまり、支援者が居る限りいつまでも戦い続けられるのだ。

 それこそが、西部連邦人民共和国が利益誘導の為に仕立てあげた、反逆者達の強みだった。


一番アインスが命じます。五番フェンフト七番ズィーベン一一番エルフ一二番セバルツ。ワタシの大切な弟妹達、役目を果たしますわよ」


 ロゼット達の部隊は、海賊と商人が逃げる時間を稼ぐためにキャンプ地へ残った。

 殿軍しんがりを勤めるには、『殺戮人形』のような、少数精鋭でかく乱できる小隊がうってつけだ。

 海賊達もただで逃げたわけでは無い。

 悪しき政府軍の支配から解放された……勇敢なる兵士。

 正しく言い換えるなら、賊徒に拉致された少年少女たちが、広場に集められて注射を打たれた。

 過酷な監禁生活で、骨と皮のように痩せ細った身体に入れ墨めいた魔法陣が浮かびあがり、棒切れのようだった手足は不自然に膨れ上がり、曇った瞳から正気の光が消える。

 少年少女達は獣のような悲鳴をあげて、命じられるがままに、四つ足で跳ねながら広場を飛び出した。

 向かう先は、政府軍の駆逐艦からぎ出したばかりの、揚陸ようりくボートだ。

 正規兵がいしゆみを撃ち、襲撃者たちの身体に矢が突き刺さるが、まるで性質の悪い怪談のように前進は止まらない。

 生贄達は、蒼い海に黒々とした血の跡を遺しながらボートへ取り付いて、……爆発した。

 耳をつんざくような轟音が、海辺に木霊する。


(沈めた船は、そこそこですわね)


 ロゼットは動じることもなく、戦場を冷静に見渡していた。

 驚くことなど何もない。

 囚われていた少年少女達もまた、ロゼット達『殺戮人形』と同じ、ドウグだっただけのこと。

 違うのは、純度と錬度れんどだ。

 〝殺戮人形〟とは、数百体もの同胞ドウグを淘汰(とうた)して生き抜いた高級品なのだから。


「ワタシ達は、使い捨てられるのではなく、壊れるその時まで、我らの価値を証明するのですわ!」


 自爆攻撃から辛くも生き延びたアースラ政府軍の正規兵達は、隊列を組みながら突撃してきた。


「外国人のガキが調子にのって!」

「あいつは、結婚式を控えていたんだぞっ」

「いい奴だったのに。ちくしょうっ、仇討ちだ」


 政府軍の兵士たちは怒りもあらわに剣を振るい、矢を撃ってくる。

 しかし、所詮は生身の人間だ。

 人間は武器を扱う存在であって、殺戮人形のように〝武器そのもの〟ではないのだ。


「もろい肉体ですわ」


 ロゼットは短弓の矢を放ち、怒りに任せて突出した兵士の喉元を貫いた。

 襲いくる大人とは対照的に、彼女は何の感情も見せず、ただただ的確に急所を狙い撃つ。


「ぐはっ」

「そんな、死にたくないっ」


 隣では五番フェンフト一一番エルフが同じように矢を放ち……。

 敵後方では、迂回した七番ズィーベン一二番セバルツが奇襲をかけて、の喉首をナイフや短剣で刈り取ってゆく。

 『殺戮人形』に属する少年少女は、常人とは比較にならないほど、魔術と薬物で強化されているのだ。


「大きくて、にぶい」


 動体視力が違う。反応速度も違う。筋力すら違う。

 そして殺戮人形が何よりも優れているのは、子供の肉体という身体の小ささだろう。

 大人は射線を避けようと中腰や背を屈めての移動を行うが、ロゼット達にはそういった防御行動すら必要ないのだ。


「そんな役立たずは、壊れてくださいな?」


 ロゼットは短弓の矢を使い切って、愛用の小さな槌に持ち替えた。

 大人の兵士達の脚の間を潜りぬけ、膝を砕き、腹を穿ち、頭を飛ばす。

 赤い血飛沫ちしぶきが舞って、革のチョッキが血霧に濡れた。

 黒褐色の髪も白い肌も、皮のつなぎも、赤黒い血でドロドロに汚れてゆく。

 儚い命をひねり潰すように、小さな死神の槌は閃き続けた……。

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